クラシック音楽の発展の簡単な歴史。主として前衛的な20世紀音楽(現代音楽)以前。
音楽史上の発展 | 代表的作曲家等 | 音楽的特徴 | |
ギリシャ・ローマ | 音楽の理論研究 | ||
ロマネスク (250-1150) |
聖歌編纂、典礼音楽 教会旋法 モノフォニー(単旋律線)からオルガヌム(複数旋律)へ 世俗音楽の出現 記譜法 |
グレゴリウス1世 | 封建的、宗教的秩序 地味、暗鬱、厳格な様式 神秘的宗教表現 |
ゴシック (1150-1400) |
宗教音楽の発展(ミサ曲、モテト) 大学での音楽研究 |
マショー | 人間的宗教表現 |
ルネッサンス (1400-1600) |
楽譜の印刷、流布 和声の発達 多声合唱 コラール 実用音楽から芸術音楽へ昇格(信仰と理性の分離) 室内楽の発生(教会から宮廷) |
ジョスカン・デ・プレ パレストリーナ |
均衡と抑制の復興、調和、関係 |
バロック (1600-1750) |
オペラの様式完成 オラトリオ、カンタータの完成 コンチェルト形式の確立 宗教音楽の頂点 鍵盤音楽の発展 イタリアからドイツ・オーストリアへ |
ヴィヴァルディ バッハ ヘンデル |
力強さ・雄大・荘重・華麗、深遠、 音楽的要素の対立 |
古典派 (前期1730- 後期1780-1810 ) |
チェンバロからフォルテピアノへ 交響曲の完成(ハイドン) ソナタ形式の確立 コンチェルト 弦楽4重奏 ロココ様式(優雅、装飾的、クープラン) 北ドイツ多感様式(情感、ノスタルジー、C.P.E.バッハ) |
ハイドン モーツァルト ベートーベン |
形式の重視、明瞭・均衡、節度と抑制、 洗練、喜び・楽天、真面目 |
ロマン派 (前期1803- 後期1850-1911 ) |
ピアノの完成 夜想曲、前奏曲、練習曲、マズルカ等(ショパン) ロマン派オペラ出現(ウェーバー) 歌曲の芸術化(シューベルト) 標題音楽の発生(ベルリオーズ) 交響詩の発生(リスト) 音楽評論の始まり(シューマン、ハンスリック) 楽劇(ワーグナー) ワグネリズム 新ドイツ主義(ブラームス) 民謡の「発見」 バッハの再評価(メンデルスゾーン) オーケストラの巨大化 楽器の発達(強弱記号の乱発) 実用音楽(ワルツ、ポルカ) 技巧演奏(パガニーニ) |
前期 ベートーベン シューベルト ウェーバー ショパン シューマン メンデルスゾーン 後期 ベルリオーズ ビゼー サン・サーンス フォーレ ヴェルディ リスト ブラームス ワーグナー ブルックナー マーラー |
響きの重視、 人間の内的本性、感情、衝動、情緒の重視 規範・伝統への反抗、 独創性、奇抜性、実験精神(自由な表現) 自然への関心、中世への憧憬 神秘性、悪魔性、超自然の称讃 |
印象派 (1880-1918) |
ドビュッシー ラベル |
感覚性、印象の暗示、あいまいさ | |
国民楽派 | チャイコフスキー リムスキー・コルサコフ ムソルグスキー シベリウス グリーグ ドボルザーク バルトーク |
ロマン派に各地の民族的特色を付加 | |
20世紀 | 新ロマン主義(1890-) | ショスタコービッチ シベリウス コープランド オルフ |
楽想の現実生活との関連づけ 民族的素材の利用 |
表現主義(無調、12音音列(シェーンベルク))(1908-) | シェーンベルク ベルク |
激しい感情、客観的形象 | |
新古典主義(1920-1945) | サティ ストラビンスキー バルトーク プロコフィエフ |
形式に重点、ロマン派音楽的感情や印象主義的曖昧さの排除 | |
クラシック音楽の歴史の大きな流れに、法則性を見出そうとする試みがあります。歴史哲学的に言えば、法則性を見出すことはある種の循環論であり、一回性の連続である歴史を特定の狭い見方で捉えてしまう恐れがあります。そのような見方に陥らないように注意すべきではありますが、一般人よりはるかに知見が深い先人の研究家が、学問の蓄積によって到達した成果には、一定の敬意を持たなければならないでしょう。
クラシックの歴史を古代ギリシャから書き始める本がありますが、紀元前5世紀の「理想主義の時代」と、ペロポネソス戦争を境とする4世紀の「スパルタ時代」の文化的傾向が、それぞれ「古典主義的傾向を示す時代」と「ロマン派的傾向を示す時代」の始まりであることを述べている本があります。
紀元前5世紀は、ギリシャのアテネが世界の中心だった時代で、安定や秩序、均衡を、美しさの原点とする考え方が支配していました。アテネ市民は、より美しいものを追求する理想主義の傾向を持っていました。これが4世紀になると、ペロポネソス戦争に勝った軍事都市国家のスパルタがギリシャを支配するようになり、軍事国家ゆえの不安や猜疑心が広まります。現実論や情緒主義が優勢になり、感覚的で世俗的な大衆迎合や技巧賞賛が流行します。
紀元前5世紀の理想主義と4世紀の情緒主義の特徴は、そのままクラシック音楽の古典主義とロマン派に対応します。また、芸術上の2つの大きな理念として音楽だけでなく他の芸術分野にも交互に訪れることになります。文化、思潮としてのルネサンスやロマネスクは、古代ギリシャやローマという古典的世界への回帰志向であって、あるべき理想に向かっていく気質でした。逆にゴシックとバロックは、情緒や人の心のありようを芸術に託しており、特に音楽の場合、宗教的な精神の高揚が芸術活動の原点となっていました。
ロマネスク-ゴシック-ルネサンス-バロック、という芸術史の流れは、時代背景と密接にからんでいます。ロマネスク時代(紀元後250-1150年)は、ローマを征服したゲルマン民族が、ローマを手本としてヨーロッパ世界の基礎を築いた時代で、芸術もローマ風になるのは容易に理解できます。ゴシック時代(1150-1400年)にはキリスト教熱が最高潮に達し、聖地エルサレムの奪還を目的とした十字軍の遠征もこのころ行われます。
十字軍の遠征によって商業が発達し、市民の活動が活発になると、宗教その他の規範からの解放と自由を求める風潮が大きくなり、これがヒューマニズムを標榜するルネサンス時代(1400-1600年)につながっていきます。このヒューマニズムの延長線上にルター宗教改革があり、その反動によるカトリックの勢力拡大がバロック時代(1600-1750年)になります。このあと、産業革命によって富を得た貴族階級が歴史の中心に出てきたとき、宮廷での演奏と芸術奨励を背景に古典主義(1730-1810年)が訪れます。
ロマネスク時代から古典主義の時代までは、宗教、特にキリスト教が芸術上の理念のぶれを左右していました。しかし、古典主義(1730-1810年)の時代には、対立軸が「教会対その他勢力」から「貴族対市民」に変化していました。産業革命での富の配分や、労働の貢献に対する応分の見返りをめぐり、フランス革命をはじめとする市民革命が起きます。市民側がこれに勝ち、宮廷主導の古典主義時代は終わります。
ロマン派時代(1803-1911年)は、情緒あるいは精神の高揚に突き動かされて生まれる芸術で、キリスト教出現以降の西洋世界で初めて(宗教ではなく)人間が中心になった時代でした。産業の発展が科学の進歩を促し、アダムとイブといった宗教的真実よりもヒトはサルから進化したという科学的真実が広く受け入れられました。ロマン派は、伝統への反抗心や個人の尊重といった革命的市民らしい風潮が音楽にも反映されています。
クラシック音楽そのものの歴史ではなく、様式の発展の歴史に焦点をあてた資料では、このような理念のぶれの歴史を、アポロン的なものとディオニソス的なものの対立の歴史としています。「アポロン的なもの」と「ディオニソス的なもの」は、ニーチェが1872年に著した「音楽の精神からの悲劇の誕生」に登場する概念で、アポロンとディオニソスはともにギリシャ神話に出てくる神の名前です。
アポロンは太陽の神で、光と芸術を司る神です。アポロン的であるとは、静的、理性的、造形芸術的、秩序だっている、ということです。ディオニソスは酒の神で、ディオニソス的とは、陶酔、狂騒、感性、混乱が支配するということです。
ニーチェによると、ギリシャ悲劇、つまり当時(19世紀)のヨーロッパ人が至高の芸術遺産だと考えていたものは、古代ギリシャが理性の支配する世界であったから生まれたのではなく、理性と激情の対立から生まれたとしています。「アポロン的」と「ディオニソス的」の概念は、保守と革新、静寂と喧騒、安定と混沌など、人の嗜好の変化・流行の理由を説明するのに便利な(都合のよい)概念として様々な場面で使われます。ニーチェの考えが正しいと言っているわけではなく、ニーチェはそう考えたと受け入れるしかありませんが、一定の説得力はあります。
これをクラシック音楽にあてはめてみれば、アポロン的なものが勝っているのはロマネスク、ルネサンス、古典主義の時代、ディオニソス的なものが強かったのはゴシック、バロック、ロマン派の時代ということになります。もちろん、当時の時代を生きた人が、自分の時代の空気を認識できていたわけではありません。ほとんどの人は無意識に創作を試みていました。
歴史を分析する時に難題となるのは、現代に近づいた歴史事象の評価です。分析する者が生きている時代、すなわち現代は、どのような思想的空気の中にいるのかを、現に生きている者が客観的に分析することは簡単ではありません。アポロン的なものとディオニソス的なものの交替は、時代が新しくなるにつれて早く訪れるように見えることがあります。情報伝達手段の発達によって、流行が早く伝播するようになったからだと、もっともらしい理由をつけることもできます。20世紀に入ると、アポロン的なものとディオニソス的なものが同時に、局地的に、個人の内部にあっても対立・存在することがみられるようになりました。特定の芸術家を、一つのカテゴリーに押し込めることが難しくなり、また、そうすることも適切ではなくなってきました。
バロック、古典主義、ロマン主義というように、現在主流となっている時代区分も、将来は別の基準で再編集、更新されるかもしれません。それはポピュラー音楽でも同じです。歴史の解釈は常に「留保付き」です。歴史だけでなく、さまざまな意見や主張は「留保付き」で理解する方が賢明ですが、常にそれを宣言するわけにもいかないので、我々の日常生活のほとんどの機会ではそれを省略しています。正解がない解釈は、「断言」しない方がいいでしょう。