1974年。邦題「閃光のラッシュ」。カナダ出身。ベースがボーカルを兼任する。ロックンロールを基本とし、ボーカルの多重録音以外は3人の演奏で完結できる音になっている。のちに多用されるキーボードは出てこない。ボーカルのゲディー・リーの声はレッド・ツェッペリンのロバート・プラントと比較されるが、そう言われればそうかもしれないと思うぐらいで、意識的に「似ている」とは思われない。表現力において、明らかにロバート・プラントの方が上だ。トリオ編成なので、ベースの音が大きく聞こえ、ギターとツイン・リードを構成する。作曲はすべてゲディー・リーーとギターのアレックス・ライフソンの2人。「ファインディング・マイ・ウェイ」「ワーキング・マン」収録。全米105位。
1975年。邦題「夜間飛行」。ドラムがニール・パートに交代。アコースティックギターの使用が複数の曲にあり、曲の構成にも凝った部分がある。前作のような分かりやすい構成の曲は減った。「岩山の貂」は4部構成で、その中の「戦い」はさらに4部構成のインストになっている。こうした型を持つ曲はのちのアルバムにも多数出てくるが、バンドとしてはこれが最初。「地獄の経外書」、「三途の川を渡って」というタイトルや、トールキンの「指輪物語」に出てくる地名からとった「リベンデル」などは、ニール・パートの空想物語の趣味が出ている。「心の賛美歌」収録。全米113位。
1975年。邦題「鋼の抱擁」。5曲のうち、「新しい日」は3部構成で12分、「ラムネスの泉」は6部構成で20分。「新しい日」は前作の「岩山の貂」と同じ路線で、森、魔術師、勇者といったヨーロッパ型空想物語の典型的言葉が使われる。各パートには、ナレーションがついている。「ラムネスの泉」は瞑想的ではあるが哲学的ではない。「バスティーユ・デイ」とは1789年のフランス革命記念日。「バスティーユ」は当時の民衆に襲撃され、革命の端緒となった監獄の名前。「湖畔の想い出」収録。プログレッシブ・ロックへの傾倒が顕著になった。全米148位。
1976年。邦題「西暦2112年」。A面全体がアルバムタイトル曲。7章に分かれる20分超の組曲。序曲のメロディーがほかの部分でも出てくる。文学作品をもとにした曲は、それだけで高尚なイメージを持たれがちで、一種の思考停止に陥りやすい。ニール・パートがこの曲を書くときに、もとにしたというアイン・ランドの「Anthem」は日本語訳が出ておらず、この小説と「西暦2112年」がどのような相関を持っているのか検証することは、英語の得意な人でない限り難しい。歌詞だけを見て「哲学的」などと安易に評価することは、あらゆる方面に対して配慮に欠ける。曲自体はハードロック組曲で、序曲が大仰だ。B面は小品5曲。「ティアーズ」は初めてキーボードを導入。弾いているのはメンバーではない。「パッセージ・トゥ・バンコック」収録。全米61位、300万枚。
1976年。邦題「世界を翔けるロック」。ライブ盤。「西暦2112年」は「発見」と「神託:夢」を除く5部構成で16分。「岩山の貂」は12分。「ワーキング・マン~ファインディング・マイ・ウェイ」はドラムソロを含み14分。全米40位。「夜間飛行~イン・ザ・ムード」は88位。
1977年。シンセサイザーを導入。キーボード入りのハードロックとなるが、依然ギター、ベース、ドラムが主体で、キーボードは味付け程度。ドラムの音色の数が増えた。「ザナドゥ」と「シグナスX-1第1巻・航海」は10分超。「シグナスX-1第1巻・航海」はプロローグ付きの4部構成。全米33位。「クローサー・トゥ・ザ・ハート」は76位。
1978年。初期3枚のアルバムをそのまま1セットにした3枚組。全米121位。
1978年。邦題「神々の戦い」。A面は「シグナスX-1第2巻・神々の戦い」で、前作の「シグナスX-1第1巻・航海」の続編。6部構成で18分、第1巻を含めると10部構成で29分。一般に、「西暦2112年」、「フェアウェル・トゥ・キングス」、「神々の戦い」は大作志向の3部作とされる。「ラ・ヴィラ・ストランジアート」は12章に分かれるインスト。B面はアレックス・ライフソンの独壇場。全米47位。
1980年。邦題「永遠の波」。アメリカで大ヒット。オープニングの2曲もメロディーがポップだ。「ザ・スピリット・オブ・レイディオ」はラジオでよくかかったという。1981年にMTVが放送を開始したため、このアルバムが出た1980年はラジオの影響力が最も大きかった年とも言える。バグルスの「ラジオスターの悲劇」とともに、ラジオに関する代表的なロックとして有名。曲の最後のレゲエが出てくるが、当時、レゲエが人種差別や反ナショナリズムの象徴的ジャンルと認識されていたことを考えれば、むしろ評価されるべきだろう。この唐突感は考えさせることを意図した結果とも言える。プログレッシブ・ロック風なのは「ヤコブの梯子(旧約聖書創世記より)」と「自然科学」。全米4位。「ザ・スピリット・オブ・レイディオ」は51位。
1981年。前作に続きヒット。シンセサイザーの使用が多くなった。「プログレッシブ・ロックはレコードセールスよりも芸術性を優先する」という、アーティストや聞き手が勝手に作り上げた妄想によって、プログレッシブ・ロックは自らの可能性を束縛する矛盾に陥った。ラッシュやカンサスは、プログレッシブ・ロックの面影を多分に残しながら、チャート上でも好成績をあげ、ロックの反体制性を実現した。ひとつのアルバムからシングルが複数チャートインしたのはこのアルバムだけ。「YYZ」はインスト。「赤いバーチェッタ」収録。全米3位、400万枚。「ライムライト」は55位、「トム・ソーヤ」は44位。
1981年。邦題「ラッシュ・ライブ~神話大全」。ライブ盤。2枚組。全米10位。「クローサー・トゥ・ザ・ハート」は69位。
1982年。シンセイザーを大幅に使用し、メロディーを主導するかたちとなった。ゲディー・リーのボーカルも以前ほど叫ばなくなり、ニュー・ウェーブ風の力を抜いた歌い方。必ずあった長い曲もなく、コンパクトな作りになっている。テリー・ブラウンがプロデュースした最後の作品。全米10位。「ニュー・ワールド・マン」は21位。
1984年。前作と同じようにシンセサイザーがメロディーの大部分を構成するが、前作よりはややハードな音になっている。ドラムの音が人工的になっている。「彼方なる叡智が教えるもの」「レッド・セクターA」収録。全米10位。
1985年。シンセサイザーによる音の装飾はこのアルバムが最も派手と思われる。金属的な音で余韻を残すようなギターの音はこのアルバムから顕著になる。「マンハッタン・プロジェクト」収録。全米10位。「ビッグ・マネー」は45位。
1987年。「タイム・スタンド・スティル」の女性ボーカルはエイミー・マン。アルバムの最後にある「ハイ・ウォーター」は前作の「ミスティック・リズム」と似た感じ。「タイ・シャン」は東洋的なメロディー。曲がポップになるにつれ、ニール・パートのドラムの手数が目立つようになる。全米13位。
1988年。邦題「ラッシュ・ライブ~新約・神話大全」。最後の「クローサー・トゥ・ザ・ハート」と「魔女狩り」以外はすべて「シグナルズ」以降のアルバムの曲。ドラムソロが単独の曲としてある。ゲディー・リーは歌いながら難しいベース演奏をこなす。全米21位。
1989年。キーボードの音に厚みがなくなり、全体的に持続音から減衰音中心のサウンドになっている。ドラムもエレキドラムは使われず、乾いた音である印象を受ける。メロディー楽器の中心が再びギターに戻った。曲はコンパクトなまま。「ショウ・ドント・テル」収録。全米16位。
1991年。2枚組ベスト盤。すべてのアルバムから選曲されている。全米51位、200万枚。
1991年。前作の路線を引き継ぐ。できるだけシンプルなプロデュースにしているような感じ。バックコーラスをやるようになった。全米3位。急にチャート成績が上がったのは、ビルボードがランキング集計方法を変更したから。この時期、ハードロックのアルバムは軒並みベスト10に食い込んでいる。
1993年。サウンドをかなり変化させ、ハードロックからヘビーメタルのあたりの音になった。ギターの音色が太く、厚くなり、「スティック・イット・アウト」ではラッシュ史上最もヘビーメタル寄りの音になっている。ドラムは以前のように甲高くなく、力強さが感じられる。高品質なアルバム。全米2位。
1996年。「ロール・ザ・ボーンズ」と「カウンターパーツ」の中間のサウンドだが、メロディーの起伏は前作に比べて後退した。余裕の作風とも言えるが、新しい試みを見つけるのに苦労する。全米5位。
1997年。邦題「ベスト・オブ・ラッシュ:1974-1980」。ベスト盤。
1997年。邦題「ベスト・オブ・ラッシュ:1981-1987」。ベスト盤。
1998年。3枚組ライブ盤。このライブ盤によってデビュー盤から始まる交響曲的編成が終わる。全米35位。
2002年。「ホールド・ユア・ファイア」までのベスト盤。初回盤には5曲入りDVDがついている。
2002年。キーボードを使わず、ベースとギターとドラムだけで演奏している。ギターは同時代的なラウドロック風なので、サウンドの変化の仕方はかなり大きいと感じる。オープニング曲からツーバスの連打で始まり、ギターは2人いないとライブで再現できない。生々しさを残したプロデュースをしており、「カウンターパーツ」よりもワイルドだ。バンド史上最もラウドロック寄りの音。
2003年。3枚組ライブ盤。31曲のうち、最後の2曲は別の場所でのライブなので、29曲がブラジル・リオデジャネイロでのライブとなっている。2時間43分なので、ほぼすべての曲が収録されている。1枚目は80年代のヒット曲中心、2枚目は90年代以降の曲、3枚目は80年代の曲。「オー・バテリスタ」は8分のドラムソロ。南米のライブらしく、ヒット曲は大歓声が上がり、「トム・ソーヤー」などでは観客が一緒に歌う。1カ所での公演すべてをライブ盤に収録するのは、演奏が確実なアーティストの証だ。
2004年。ラッシュが影響を受けたアーティストの曲をカバーした企画盤。
2007年。ややオーソドックスなロックになっている。前作はキーボードをまったく使わなかったが、今回はメロトロンだけを使用している。メロトロンはソロをとるような明確な使い方ではない。アレックス・ライフソンはギターの他にマンドリンやブズーキなどを使用。アルバム全体としては、大きな試みに挑まない安全志向の雰囲気がある。一般的なロック・バンドでもあり得るであろうテンポ変化やリズム変化があり、そうした曲をもって直ちにプログレッシブ・ロック風と呼ぶことはできない。ラッシュがそういうことをやればプログレッシブ・ロック風と解釈されるのはしょうがないが、ラッシュがアーティストとして存在する領域はロックであって、かつてのようなハードロック、プログレッシブ・ロックの世界ではない。
2008年。ライブ盤。
2012年。キーボードを適度に使い、エレクトロニクスを使わない。メロディーはギターとベースで構成し、キーボードは補助的に使われる。「カウンターパーツ」や「ヴェイパー・トレイルズ」に比べると音の角がなめらかになった。ゲディー・リーのボーカルも多重録音されて線の細さを補っている。コンセプト・アルバムであることを知性の証のように評価するのは西洋白人優越思考で、2000年代に至っては贔屓の引き倒しだ。
2000年。ラッシュのボーカル兼ベース、ゲディ・リーのソロ作。80年代ほどメロディーに新鮮味はないが、「テスト・フォー・エコー」のラッシュに近い。ソロ・アルバムでないとできないようなサウンドではない。3人編成。
1996年。ラッシュのギター、アレックス・ライフソンのソロ作。ボーカルはアイ・マザー・アースのボーカル。その他のメンバーは固定されていない。ギター中心のハードロックで、ボーカルのエフェクトのかけ方などは同時代のロックの影響を受けている。ラッシュのサウンドではなく、ベースもドラムも目立たないが、ギターがめまぐるしく活躍することもなく、演奏よりも曲を中心にした作風。プログラミングやホーン・セクション、女声ボーカルもある。プライマスのベース、レス・クレイプールが参加。グランジ・ロック、オルタナティブ・ロック以降の洋楽では、超絶技巧ロック・トリオと言えばプライマスのことであって、ラッシュではない。
1989年。読売ジャイアンツの外国人選手、ウォーレン・クロマティのアルバム。ウォーレン・クロマティはドラム。9曲のうち5曲は作曲にもかかわっている。「クロスファイアー」はラス・バラード作曲。メロディアスなハードロック。ウォーレン・クロマティのバンドということが分からなければ大ヒットしていてもまったく不思議ではない。このころ売れていたシカゴに近いサウンド。コーラスも厚い。ラッシュのゲディ・リーとフォリナーのルー・グラムがゲスト・ボーカルで参加、レインボーのデイブ・ローゼンサルがキーボードで参加している。マウンテンのフェリックス・パパラルディに捧げるというコメントがついている。