ピンク・フロイドは世界的に有名なプログレッシブ・ロック、サイケデリック・ロックバンド。4人編成。イギリス出身。ロジャー・ウォーターズ(ベース、ボーカル)、デイヴ・ギルモア(ギター・ボーカル)、ニック・メイソン(ドラム)、リチャード・ライト(キーボード、故人)。デビュー当時はシド・バレット(故人)がボーカル、ギターだった。60年代後半のサイケデリック・ブームで登場し、70年代は前衛性を追求してプログレッシブ・ロックのバンドとなった。同時に「狂気」「アニマルズ」「あなたがここにいてほしい」等で現代文明における人間精神を観察するアルバムを発表し、ロックバンドとして高い評価を得た。代表作は「原子心母」「狂気」「ザ・ウォール」。デビュー作のみシド・バレットが主導し、以降85年までロジャー・ウォーターズ、それ以降はデイヴ・ギルモアが主導する。メンバーは社会の上位階層であり、教育水準の高さの結果として、意識せずとも批評性と独創性が作品に表れる。「狂気」は全米チャート最長ランクインの記録を持ち、「ザ・ウォール」は1980年に世界で最も売れたレコードとなった。
1967年。邦題「夜明けの口笛吹き」。ベースのロジャー・ウォーターズとギターのシド・バレットがボーカルを兼任。キーボードを含む4人編成。11曲のうち8曲をシド・バレット、1曲をロジャー・ウォーターズ、残りの2曲を全員で書いている。詩もサウンドも多分にサイケデリックで、67年というポピュラー音楽史上特殊な年であるということを考えても、同じ年に出たビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」よりも実験的な雰囲気がある。あるいは67年ごろの白人大学生が好奇心でポップな音楽をやっていて、時代性と階層性を反映しているとも言える。「天の支配」「星空のドライブ」「バイク」収録。全英6位。
1968年。邦題「神秘」。シド・バレットが抜け、デイヴ・ギルモアが加入。ロジャー・ウォーターズが主導権を握る。このアルバムで明確になるのはロジャー・ウォーターズとリチャード・ライトの方向性の違いだ。ロジャー・ウォーターズは前衛ロック的で歌詞に精神性を持たせるのに対し、リチャード・ライトは夢想的だ。アルバムタイトル曲は12分のインスト曲で明確な4部構成を取っている。ロジャー・ウォーターズが作曲した「コーポラル・コレッグ」とシド・バレットが作曲した「ジャグバンド・ブルース」はビートルズの影響がある。全英9位。
1969年。同名の映画のサウンドトラック。アルバムの前半はロジャー・ウォーターズ、後半はメンバー全員の作曲となっている。13曲のうち6曲はインスト曲で、7曲のボーカルはすべてデイヴ・ギルモア。曲としては前作の「神秘」に近いものもある。「クイックシルヴァー」は実験音楽風。「ナイルの歌」はハードロック。「サイラス・マイナー」「モアの主題」収録。全英9位。
1969年。2枚組で1枚目はライブ盤、2枚目はスタジオ盤。ライブ盤の「ユージン、斧に気をつけろ」は新曲。「神秘」はライブでもすばらしい。一般的には理解されにくい長大で不定形の音楽を、バンド編成でやることが可能になったのはビートルズの影響が大きいだろう。現代音楽がレコード化され始めたことも大きい。スタジオ盤はメンバー全員が比較的長い曲を個別に書いており、そのうちリチャード・ライトの「シシファス組曲」はピアノ、キーボード、シンセサイザーを駆使した4部構成。2曲が3部構成となっている。ロジャー・ウォーターズの「グランチェスターの牧場」「毛のふさふさした動物の不思議な歌」は「サイラス・マイナー」のような鳥のさえずりが入っている。後者は実験性が高く、曲名はサティを意識したとみられる。デイヴ・ギルモアの「ナロウ・ウェイ三部作」はロックを基本として音の断片を載せており、ロックらしさを最も多く含んでいる。「統領のガーデン・パーティー三部作」はドラムの作曲らしい曲で、通常のドラムソロとは違う面白さがある。「シシファス組曲」が最も出来がよい。全英5位、全米74位。
1970年。邦題「砂丘・オリジナル・サウンドトラック」。11曲のうちピンク・フロイドが3曲、グレイトフル・デッドが1曲、ジェリー・ガルシアが1曲、カレイドスコープが2曲ある。聞きどころはピンク・フロイドの「51号の幻想」で、「ユージン、斧に気をつけろ」の別バージョンと言える曲だ。「ユージン、斧に気をつけろ」よりもハードな曲になっている。「崩れゆく大地」はソフトロック。カレイドスコープの「ブラザー・メイ」はクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルのような曲。ジェリー・ガルシアの「ラヴ・シーン」はギターの即興演奏。
1970年。邦題「原子心母」。23分のアルバムタイトル曲が強いインパクトを与える。コーラスがある以外はインストだが、クラシックの緊張感を効果的に取り入れている。管楽器はレコード会社の専属オーケストラが演奏している。長さをまったく感じさせない。この曲の主たる作者が、メンバーの中では比較的理解しやすい曲を作るデイヴ・ギルモアだったことは幸いだった。リチャード・ライトの物憂げなオルガンもよい。「アランのサイケデリック・ブレックファスト」は実際の朝食時の録音とバンドの演奏を組み合わせた13分の曲。「サマー'68」収録。全英1位、全米55位。
1971年。邦題「ピンク・フロイドの道」。ベスト盤。全英32位、全米152位。未発表曲1曲、未発表バージョン2曲。「アーノルド・レーン」「エミリーはプレイ・ガール」収録。
1971年。邦題「おせっかい」。オープニング曲の「吹けよ風、呼べよ嵐」は有名。前作に続き、23分の「エコーズ」が収録されている。これまでは鳥や動物の鳴き声、生活音を効果音として曲の中に織りまぜていたが、「エコーズ」では楽器で表現している。バンド主体で、概ね4部構成。詩はのちの「ザ・ウォール」につながる人間疎外らしき事象を取り上げている。空中で静止しているアホウドリは神を表している。全英3位、全米70位、200万枚。
1972年。邦題「雲の影」。「モア」に次ぐ映画のサウンドトラック盤。全曲が6分以内で、サウンドも難しくない曲が多い。ピンク・フロイドらしさを醸し出す曲はあるが、根を詰めて聞く必要のないリラックスできるアルバム。「フリー・フォア」収録。全英6位、全米46位。
1973年。邦題「狂気」。アルバム全体が一連の流れを形成している。このアルバムのテーマは、文明社会に生まれた人間が、生まれてから成熟した大人になるまでに直面するさまざまな苦悩と葛藤だ。「生命の息吹き」「走り回って」は、生まれてからすぐに、なぜそれをしなければならないのか理解できないまま追い立てられるように過ごす少年期を描く。「タイム」は、青年期に気付く、戻ることができない過去、変えることができない過去を描く。「マネー」は、未熟なまま社会に放り出された青年が不可避の現実として直面する価値観、すなわち資本主義自由経済と、それに翻弄される青年の生きづらさだ。「アス・アンド・ゼム」は人間を敵と味方に分ける思考が戦争を招くことを描き、カール・シュミット的政治を批判する。おおよそすべての人間が多かれ少なかれ遭遇する人生の苦難を取り上げた後、「狂人は心に」で、その苦難によって精神に変調を来した者に同情する。このアルバムがこの内容で完成した背景には、メンバー全員が20代後半に入り、知的、精神的に成熟してきたことが挙げられる。作詞したロジャー・ウォーターズの知的水準の高さもある。60年代後半の動乱期と麻薬文化を通過して一段落し、同時代を生きて未だ苦悩する多数の青年に、その苦悩を説明する言葉を与えたことで大きな支持を得た。シド・バレットの精神的危機を考えていたことがきっかけだったとしても、そこに普遍性があると気付き、アルバム全体を使って形にしたところがロジャー・ウォーターズの才能だ。これまで度々使ってきたコラージュを「タイム」「マネー」でも使う。「マネー」ではサックスを使い、ファンク、ジャズになじんだアメリカ人の関心を誘う。バンドサウンドよりも歌詞が重要なアルバムだ。全英2位、全米1位、1500万枚。アメリカでは741週の史上最長チャートイン記録。イギリスでも292週の長期ヒット。「マネー」は全米13位。
1974年。邦題「ナイス・ペア」。「夜明けの口笛吹き」と「神秘」のカップリング盤。2枚組。全米36位、全英21位。
1975年。邦題「炎~あなたがここにいてほしい」。13分半の「クレイジー・ダイアモンド(第1部)」と12分半の「クレイジー・ダイアモンド(第2部)」にはさまれる形で「ようこそマシーンへ」「葉巻はいかが」「あなたがっこにいてほしい」がある。「クレイジー・ダイアモンド」はロジャー・ウォーターズがシド・バレットを追想し、痛惜を持って作曲していることは明らかだ。「狂気」と同様に、この曲も人生が思うようにいかなかった大多数の人を慰め、聞き手も「クレイジー・ダイアモンド」が自分のことだと受け止めた。ピンク・フロイドが「狂気」に続きシド・バレットを題材にして大曲を作っていることは、シド・バレットの不幸な成り行きがメンバーにとって拭い去り難い精神的重荷であることを表している。「あなたがここにいてほしい」という邦題はバンド側の指定。全英1位、全米1位、600万枚。
1977年。ピンク・フロイドのアルバムの中ではロック色が強く、メッセージも直接的だ。最初と最後に1分台の短い曲があり、その間に、10分から17分の「ドッグ」「ピッグ」「シープ」が挟まれる。このアルバムは2つの読み方が可能だ。1つはアルバム全体に社会風刺を込め、パンクに近い空気を含める。「ドッグ」を支配者側として庶民を監視、管理する集団、「ピッグ(3種類のタイプ)」を支配者層、「シープ」を従順な庶民と解釈し、ロジャー・ウォーターズがそれぞれの集団について見解を述べる。監視する役割の「ドッグ」には猜疑心による孤独に同情し、「ピッグ」を軽蔑し、「シープ」には「見えている世界がそのまま社会の実態ではない」と啓蒙しながら、巨大集団としての可能性と暴力性を認識する。「ドッグ」「ピッグ」「シープ」はジョージ・オーウェルの「動物農場」に出てくる集団と同じだが、ロジャー・ウォーターズはジョージ・オーウェルよりも広い射程で集団を風刺している。もう一つの読み方は、アルバム全体をシド・バレットと想定し、最初と最後の短い曲がシド・バレットに対するメッセージ、「ドッグ」「ピッグ」「シープ」をそれぞれ孤独、疎外、狂気の象徴と解釈する。形式にせよ主張にせよ、誰でも分かるようなスタイルで作られているのは、パンクとは別のカウンターカルチャーを、パンク側の人に理解してもらうためではないか。全英2位、全米3位、400万枚。
1979年。家庭環境などから人間関係をうまく築けずに精神を疲弊させているロックスターが、自分と他人の間に見えない壁を構築して自分の世界に入る。主人公は薬物中毒に陥ってライブを続け、最後は回復に向かおうとする。薬物中毒のロックスターが行うライブは劇中劇のような形でナチの集会と重ねられ、精神の異常性とナチスあるいはファシズムに批判を加えている。このアルバムの主人公は少なくとも1941年には生まれており、第二次大戦中に父を戦死で失い、母親に育てられている。従って、ロックスターになったのは60年代半ば以降とみられ、モデルはサイケデリックロックのアーティスト、特にシド・バレットになるだろう。父親が第二次大戦で死亡しているのはロジャー・ウォーターズと同じ。デヴィッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」と同様、孤独や疎外との格闘をテーマとし、薬物、戦争、教育を含めた社会全般の批評となっている。「狂気」「炎~あなたがここにいてほしい」で始まったシド・バレットへの哀惜とロジャー・ウォーターズの出自から来る反戦的姿勢が、「ザ・ウォール」で合流した。ロックをメッセージの伝達手段と考えれば、戦争を精神の異常の一類型のように提示したことは、若年層に対する反戦意識への効果が大きい。全英3位、全米1位、2300万枚。80年の最多売り上げアルバム。ベスト盤以外のオリジナル・スタジオ盤としては世界一の売り上げ枚数。「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート2)」は全英1位、全米1位、「ラン・ライク・ヘル」は全米53位。
1981年。邦題「時空の舞踏」。ベスト盤。「マネー」は別バージョン。全英37位、全米31位、200万枚。
1983年。邦題「ファイナル・カット~ロジャー・ウォーターズによる偉大なる夢への鎮魂歌」。キーボードのリチャード・ライトが抜け3人編成になった。「ザ・ウォール」と一体の作品だとされている。しかし、詩の内容は前作とはかなり違い、この当時の世界情勢、特に1982年のフォークランド紛争を批判的に歌っている。主張にうまく普遍性を持たせてきたこれまでの歌詞とは違い、ロジャー・ウォーターズの政治的主張がそのまま書かれている。作曲のエネルギーの多くは歌詞にあり、曲はそれに付随する。ピンク・フロイドのアルバムの中では最も異質だ。全英1位、全米6位、200万枚。「ノット・ナウ・ジョン」は全英30位。
1987年。邦題「鬱」。ロジャー・ウォーターズが抜け、2人編成。ベースはキング・クリムゾンのトニー・レヴィンが演奏している。事実上、デイヴ・ギルモアのソロアルバムとなっている。ロジャー・ウォーターズがいなくなったことで、聞き手の内面に及ぼす影響は大幅に減った。ピンク・フロイドが高く評価されてきたのはロジャー・ウォーターズによる社会性、批評性の高い歌詞だったが、デイヴ・ギルモアはそれを引き継がなかったというよりは引き継げなかった。女性コーラスを使って聞きやすくなっている。全英3位、全米3位、400万枚。「幻の翼」は全米70位、「現実との差異」は全英55位、「理性喪失」は全英50位。
1988年。邦題「光~PERFECT LIVE!」。ライブ盤。2枚組104分。アメリカ、ニューヨークで録音している。ボーカル兼ギターのデイヴ・ギルモア、ドラムのニック・メイソン、キーボードのリチャード・ライトのほか、ギター、ベース、キーボード、ドラム、サックスが1人ずつ、コーラスが3人参加している。1枚目はオープニング曲の「クレイジー・ダイアモンド」のみ「炎~あなたがここにいてほしい」の収録曲で、これ以降の6曲は「鬱」収録曲。2枚目は「吹けよ風、呼べよ嵐」「あなたがここにいてほしい」「タイム」「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート2)」収録。1枚目はデイヴ・ギルモアのソロコンサートのようなサウンドだ。スタジオ録音盤に社会性のある物語を創造してきたロジャー・ウォーターズがいないので、ライブではロジャー・ウォーターズのメッセージ性が減じられて聞こえる。ピンク・フロイドは大きく成功したロックバンドなのでブックレットにあるライブの写真は大がかりだが、内実よりも外面を強調しているようにも見える。全英11位、全米11位、300万枚。
1992年。9枚組ボックスセット。そのうち1枚はシングル集。
1994年。邦題「対」。キーボードのリチャード・ライトが復帰し3人編成。効果音やインスト曲も含まれてはいるが、一般的なスタイルの曲が多く、緊張感は以前ほどではない。歌詞の内容も先見性があるわけではなく、テーマとしての意思疎通の不全はピンク・フロイドにしては平凡だ。70年代のように曲がそれぞれ関連しているというわけではなく、全体として大きなメッセージを持たせるというところには達していない。全英1位、全米1位、300万枚。「テイク・イット・バック」は全英23位、全米73位、「運命の鐘」は全英26位。
1995年。ライブ盤。2枚組で143分。「光~PERFECT LIVE!」と同じ編成で録音し、サックスとコーラス以外はメンバーも同じだ。複数の日から曲ごとに選び、つなぎ合わせている。1枚目は「鬱」と「対」を中心に、「クレイジー・ダイアモンド」「天の支配」「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート2)」などを演奏。2枚目は「狂気」を全曲演奏。「あなたがここにいてほしい」「コンフォタブリー・ナム」「ラン・ライク・ヘル」の3曲はアンコールとみられる。MCはほとんどなく、最後のあいさつだけ。「あなたがここにいてほしい」は観客が大合唱。単三乾電池2本で赤い光を点滅させる仕様になっている。全英1位、全米1位、200万枚。
2000年。「ザ・ウォール」のころのライブ。2枚組。4人編成で「ザ・ウォール」をほぼアルバム通りに演奏している。「ワット・シャル・ウィー・ドゥー・ナウ」「ザ・ラスト・フュー・ブリックス」はアルバム未収録曲。全米19位。
2001年。2枚組ベスト盤。
2014年。邦題「永遠(TOWA)」。ギターのデイヴ・ギルモア、ドラムのニック・メイソン、キーボードのリチャード・ライトによって制作され、3人ともほとんどの曲で演奏している。多くの曲はデイヴ・ギルモアとリチャード・ライトが作曲し、ニック・メイソンが「狂気」以来約40年ぶりに作曲に関わっている。18曲のうち本格的なボーカルがあるのは最後の「ラウダー・ザン・ワーズ~終曲」だけで、17曲は「鬱」や「対」と同様の雰囲気だ。スクラッチ、エレクトロビート、ノイズ、シューゲイザーのような2000年代的サウンドは取り入れていない。「オータム'68」はリチャード・ライトが1968年に録音したパイプオルガンの演奏を使っている。ピンク・フロイドがロックバンドとして社会に影響力をを発していたのは「ザ・ウォール」までで、「鬱」以降はいわばムードに流れたロックだ。リチャード・ライトは2008年に死去し、このアルバムが遺作。ピンク・フロイドとしてもこのアルバムが最後だという。