ザ・ナショナルは米ニューヨーク、ブルックリンで結成したロックバンド。5人編成。ギター兼キーボードの2人は兄弟、ベースとドラムも兄弟。2001年デビュー。2000年代後半以降、アメリカの都市部のインディーロックバンドの代表格となった。作詞はボーカルのマット・バーニンジャーがほぼ1人で行っている。
2001年。メロディー楽器の数を意識的に減らしたオルタナティブカントリー寄りのバンドサウンド。ロックと呼ぶほどの力強さを軸にした曲調ではない。アコースティックギターや減衰音のエレキギター、ピアノを多用し、同時に響く楽器の数は少ない。ボーカルの声は低く、多くの曲がシャンソンのような男性の悲哀を感じさせる。「アメリカン・メアリー」はボブ・ディランの「コーヒーもう一杯」のような曲。日本盤は2011年発売。
2003年。編曲の幅が広がった。オルタナティブカントリーよりもインディーロックのイメージが強くなっている。曲の最後にボーカルが叫ぶ曲が複数ある。1曲の中でポップさを前半に出し、後半に前衛性を出す構成が多い。ボーカルハーモニーも使う。バイオリン、ビオラは「90マイル・ウォーター・ウォール」ではフィドル風、それ以外ではクラシック風。「イット・ネヴァー・ハプンド」は前半と後半で別の雰囲気になり、異なる2曲をつないだような曲だ。「マーダー・ミー・レイチェル」はシューゲイザーのような曲。「アヴェイラブル」もいい曲だ。日本盤は2011年発売。
2005年。デビュー当時からは想像できないほど音が厚くなり、多くの曲でギターとキーボードが重なる。ボーカルは叫ばなくなったが、終始低い声で淡々と歌う。ニューウェーブ、ポストパンクのイメージを喚起する。「リット・アップ」「アベル」はこれまでで最もアップテンポな曲だ。日本盤は「ハイ・ヴァイオレット」と同時発売。
2007年。キーボード中心となり、ギターはキーボードとともに持続音で背景をずっと埋める。「フェイク・エンパイア」「スクワラー・ヴィクトリア」「スロウ・ショー」などでは金管、木管楽器を主とする室内楽も加わり、オーカストレーションが事実上、曲の大きな要素となっている。「スロウ・ショー」「レーシング・ライク・ア・プロ」「ゴスペル」はアコースティックギターとピアノがセットで使われ、後半に管楽器が入ってくることがひとつのスタイルとなっている。ピアノ、キーボード、ギターのようなメロディー楽器のあいまいな輪郭に比べ、焦燥感や機械的な持続感があるドラムは別の感情を表現している。ボーカルは弾き語りの時のブルース・スプリングスティーンや、ニューウェーブ、ポストパンク、ゴシックロックの低音ボーカルを思わせる。ブルース・スプリングスティーンが弾き語りでアメリカの労働者の悲哀を歌ったのと同じように、ザ・ナショナルはアメリカの都市生活者の浮遊感や孤独を歌う。ボーカルとリズムとハーモニーがそれぞれ別の役割を担いながら、全体として2000年代以降の自覚的な層の不安をすくい上げている。このアルバムで日本デビュー。
2010年。曲調が全体的に力強くなった。前作でもみられたが、ギターはシューゲイザーの影響が大きくなっている。ボーカルにコーラスを付けることも多くなった。これによって、例えば「テリブル・ラヴ」「アフレイド・オブ・エヴリワン」「イングランド」は低い声の単独ボーカルから通常の音域でのボーカルハーモニーまで使えるようになり、曲の展開の幅が広がっている。ボーカルハーモニーを編曲しているのは前作でピアノを弾いているスフィアン・スティーヴンス。オーケストラ編曲も「サッド・ソングス・フォー・ダーティー・ラヴァーズ」以降同じパドマ・ニューサムで、この2人の貢献は大きい。「ヴァンダーライル・クライベイビー・ギークス」は一般的な音域の声で歌っており、低い声しか出ないわけではないことが分かる。
2013年。オープニング曲の「アイ・シュッド・ライヴ・イン・ソルト」はアコースティックギターと柔らかい音のシンセサイザー、遅めのテンポ、通常の音域でのボーカルで広い範囲の聞き手に受け入れられるような曲だ。かつてのような低音のボーカルは「ディーモンズ」「ヘヴンフェイスド」「ディス・イズ・ザ・ラスト・タイム」などに残るが、曲全体が低音のままということもならなくなっている。「ドント・スワロー・ザ・キャップ」「グレイスレス」は「ボクサー」にあったような、ドラムがアップテンポで持続する曲。歌詞の面では、過去の自分の行為と取り戻せない過去について歌うにしても、追憶や思い出ではなく、分析的反省を伴っている。過去の自己を客観視し、必ずしも肯定しないという態度が評価を高めている。
2017年。これまでのアルバムの作風からやや変化した。スフィアン・スティーヴンスとパドマ・ニューサムが関わらなくなったが、多数のゲスト参加者がいる。リズムにもメロディーにもプログラミングを多用するようになり、それとは対極にある室内合奏団も団体として演奏している。合奏団は22人。オープニング曲の「ノーバディ・エルス・ウィル・ビー・ゼア」はプログラミングされたリズムとピアノで曲が進んでいき、それは「ギルティー・パーティー」にも使われている。「ウォーク・イット・バック」「エンンパイア・ライン」はエレクトロニクスを使っていることが分かるが、リズムのプログラミングだけでなく、中波の同調のような不定形の電子音も入る。「タートルネック」は珍しく60年代ガレージロック風。合奏団が目立つのは「アイル・スティル・デストロイ・ユー」「スリープ・ウェル・ビースト」の終盤。日本盤はライブ5曲収録した盤が付いて2枚組。
2018年。ライブ盤。
2019年。ザ・ナショナルはアルバムを制作するたびに、新しい要素を導入することにしているようだ。それが表現の幅の拡大につながっている。今回は合奏団がさらに大規模化し、弦楽合奏団が32人参加する。16曲のうち、12曲は女性のゲストボーカル、3曲は23人の合唱団が歌う。従って多くの曲が男女のデュエットになっている。アルバムタイトル曲は実質的に女性ボーカルがメイン。弦楽合奏はバンドサウンドの一部と化し、ギター、ピアノと対等かそれ以上を占める。
2023年。11曲のうち3曲で女性ボーカルが参加し、2曲はフィービー・プリジャーズ、1曲はテイラー・スウィフト。著名人2人に絞った。音全体に占める楽器演奏の割合が増え、プログラミングがやや減った。弦楽器奏者は36人が参加するが、以前よりは控えめな使われ方だ。テイラー・スウィフトが参加する「ジ・アルコット」は、短いフレーズでもテイラー・スウィフト特有のメロディーがきちんと入っている。作曲面では不調だったと言われているが、もともと沈思する内面を曲にしていることが多いバンドであり、アルバムの発表感覚も以前に比べて長いわけではないので、その不調を曲から読み取ることは難しい。
2023年。ジャケットが前作と関連しており、内容の連続性を感じさせる。「ファースト・ツー・ペイジズ・オブ・フランケンシュタイン」と同時期の作曲されたという。アルバムからあふれた曲を2枚組として出さず、ボーナストラックにもしなかったのは、よくできた曲をアルバムの一部として落ち着き先を与えようとという意図のようだ。ここから、バンドがアルバム志向の考え方を持っていることがうかがえる。「スペース・インヴェイダー」「スモーク・ディテクター」はライブで長く引き延ばされて演奏されるような雰囲気がある。「ウィアード・グッドバイズ」はボン・イヴェール、「ラフ・トラック」はフィービー・ブリジャーズ、「クランブル」はジョニー・キャッシュの娘のロザンナ・キャッシュが参加している。「アルファベット・シティ」収録。