モリッシーはイギリスのシンガー・ソングライター。80年代のロックバンド、ザ・スミスのボーカルだった。ザ・スミス時代から批評性が高い歌詞で注目されている。人間を信用していないわけではないが素朴に信用しているわけでもなく、強く主張する存在に対して辛辣だ。それが大衆に向けられるとき、物議を醸す。
1988年。スミス解散の翌年にソロデビュー。ボーカル、ギター、ベース、ドラムの4人と、6人編成の弦楽合奏団で録音している。同時代の主流のロックに比べて音の数は少ないので緊張感があるが、弦楽合奏が入った「エヴリデイ・イズ・ライク・サンデイ」はいい曲として目立つ。しかし歌詞は「核爆弾降ってこい」と歌う。「マーガレット・オン・ザ・ギロチン」のマーガレットはサッチャー英首相のことなので辛辣だ。「スエードヘッド」はモリッシーのシングルデビュー曲。「プラットフォームのベンガル人」はイギリス人が言えば排外主義的にも聞こえるが、自文化を捨てるべきでないと解釈するなら多様性維持の曲になる。「ジ・オーディナリー・ボーイズ」収録。
1990年。邦題「インターナショナル・プレイボーイ」。EP盤。「ザ・ラスト・オブ・ザ・フェイマス・インターナショナル・プレイボーイズ」と「インテレスティング・ドラッグ」のシングル盤2枚を1枚にまとめた日本企画盤。5曲収録。シングルのA面になっている2曲はいずれも人気が高い。「インテレスティング・ドラッグ」は、下層階級が自ら進んでアウトサイダーになって抜け出せなくなるよう仕向けられていることに気付かないという、ポール・ウィリスの「ハマータウンの野郎ども」やハワード・ベッカーのアウトサイダー理論を思わせる歌詞だ。シングル盤の発売は1989年。
1989年。邦題「ウィジャボード、ウィジャボード」。シングル盤。3曲収録。ウィジャボードは日本で言えばこっくりさんにあたる。「イースト・ウエスト」はハーマンズ・ハーミッツのカバー。
1990年。邦題「モンスターが生まれる11月」。シングル盤。3曲収録。手足を動かすことができず車椅子に乗って他人の介護を受ける女児を、哀れみと同情の目で見る人に対して挑発している。モリッシーの曲では内容が重い曲の一つ。
1990年。シングル盤収録曲を集めた企画盤。14曲のうち、シングル盤A面が7曲、B面が6曲、12インチ盤収録曲が1曲。日本ではこのうち10曲が既発曲だったが、アルバム未収録曲でヒット曲も多いため重要な企画盤となっている。
1991年。シングル盤。3曲収録。タイトル曲よりも「嘘つきジャーナリスト」「トニー・ザ・ポニー」の方がモリッシーらしさが出ている。
1991年。「エイジャン・ラット」はアジア人の少年がイギリス人の少年3人に殺される事件を歌っており、子どもの世代まで及んだ排外主義への批判と受け取ることもできるが、他の曲は物議を醸すような題材は少ない。「ジ・エンド・オブ・ザ・ファミリー・ライン」は家父長制への挑発か。「写真は嘘をつかない」「地獄でパーティーを」などは私的で、それはそれでモリッシーの内面を表していると言えるものの、主張の強さを求める聞き手には物足りないかもしれない。10曲のうち8曲はギターが作曲。
1991年。シングル盤。「ザッツ・エンターテインメント」はザ・ジャムのカバー。
1991年。EP盤。6曲収録。シングル盤の「マイ・ラヴ・ライフ」と「最期の妊娠」、「シング・ユア・ライフ」の同時収録曲を1枚にまとめている。「来日公演終了記念ミニ・アルバム」として出された。
1992年。オープニング曲は歪みがかかった持続音のギターで始まり、ロックの力強さを前面に出すようになった。この変化はプロデュースしたミック・ロンソンの貢献が大きいだろう。「グラマラス・グルー」は曲名からもT.レックスの「メタル・グゥルー」を意識したようなグラムロックだ。前半の5曲はイギリスに関連する曲が並ぶ。このアルバムで記憶するべきことは、音響的に同時代の音に近づいたことよりも「ザ・ナショナル・フロント・ディスコ」が入っていることだ。自分と同じではない他者を叩いて自尊心を満たしてくれる場所に行こうとする若者は、いつか地位が大逆転して自分の人生が好転すると期待している。しかし、それがむなしい妄想であることを知るモリッシーは、ドキュメンタリーのように描写したまま曲を終わらせている。疎外感を持つ若者が自己愛に吸い込まれていく状況は現代でも世界中でよく見られる現象だ。「サートゥン・ピープル・アイ・ノウ」「ウィ・ヘイト・イット・ホエン・アワ・フレンズ・ビカム・サクセスフル」はいい曲だ。
1993年。ライブ盤。16曲のうち9曲は「ユア・アーセナル」の曲で、「トゥモロー」以外の全曲をやっている。「スエードヘッド」は盛り上がる。「グラマラス・グルー」はゲイリー・グリッターの「ロックンロール・パート2」を思わせるギターが出てくる。「ウィ・ヘイト・イット・ホエン・アワ・フレンズ・ビカム・サクセスフル」は観客が一緒に歌っている。
1994年。ザ・スミスでデビューして10年たち、90年代に入って80年代までのロックと大きな違いを直観したのか、強く押し出さないロックに変化している。アコースティックギターの多用がオルタナティブロックらしさを出しており、「ザ・モア・ユー・イグノア・ミー、ザ・クローサー・アイ・ゲット」はブリットポップの先進例のような音だ。「ライフガード・スリーピング、ガール・ドラウニング」はライフガードとガールが助けるべき者と助けられるべき弱者のメタファーになっているとみていいだろう。モリッシーならば、音楽的にいったん小休止しても次作以降で新しい音を提示できる余裕がある。
1995年。ベスト盤。14曲収録。「シング・ユア・ライフ」から「ヴォックスオール・アンド・アイ」までの曲から選曲。アルバムに収録されなかった「ボクサーズ」とそのシングル盤のB面曲2曲も収録されている。ライブ盤の「ベートーヴェン・ワズ・デフ」からも3曲選ばれている。
1995年。「ユサ・アーセナル」以降3作連続で意外性のあるアルバムを出してきた。90年代前半のロックの潮流が80年代のロックを否定する風潮を持っていたため、モリッシーのアルバムも自由な気風がある。最初と最後の曲は10分を超える。最初の「ザ・ティーチャー・アー・アフレイド・オブ・ザ・ピューピルズ」は曲の背景にずっとショスタコーヴィチの交響曲が流れている。ソ連時代にスターリンやその取り巻きから抑圧されたショスタコーヴィチの曲が流れることによって、ザ・ティーチャーとピューピルズがショスタコーヴィチと人民の意味も含まれてくる。「ジ・オペレイション」は通常の曲にドラムソロを付け加えたような曲。長い曲を除けば、全体的にアップテンポなロックが多い。「ザ・ボーイ・レイサー」収録。
1995年。邦題「ダガンハム・デイヴ」。シングル盤。
1997年。モリッシーが曲の幅を広げるための実験台として使ったかのような曲調。モリッシーのこれまでの曲を基準にしているので、曲の幅を広げたとしてもその結果はモリッシー以外のアーティストでさんざん使われている。したがって聞き手からみれば革新性はあまりない。「ソロウ・ウィル・カム・イン・ジ・エンド」はヒップホップのような攻撃の仕方をロックに持ち込んだが、聞き手がついていけず、モリッシーのイメージを悪くするだけだった。弦楽合奏の多さは曲をポップ化する。「アルマ・マターズ」「サタン・リジェクティッド・マイ・ソウル」はヒット性がある。
1997年。ベスト盤。19曲収録。デビュー曲の「スエードヘッド」から「ヴォックスオール・アンド・アイ」収録曲まで、シングル曲や重要曲がバランスよく選曲されている。
2004年。アルバムの間隔を大きく開けて7年ぶりに出た。一般的にイメージされるモリッシーどおりのアルバムになっている。キーボード奏者はジェリーフィッシュ、インペリアル・ドラッグのロジャー・ジョセフ・マニング・ジュニア。オープニングの「アメリカ・イズ・ノット・ザ・ワールド」から攻撃的に政治的だ。「アイリッシュ・ブラッド、イングリッシュ・ハート」はさらに政治的で、モリッシーに何があったのかと思うほどだ。「アイ・ハヴ・フォギヴン・ジーザス」はモリッシーとキリストとの対話で、モリッシーが人格との葛藤を率直に語っている。「ザ・ワールド・イズ・フル・オブ・クラッシング・ボアズ」も世界を嘆いている。「ユー・ノウ・アイ・クドゥント・ラスト」は音楽ライターへの批判だが、「アイ・ハヴ・フォギヴン・ジーザス」も「ハウ・クッド・エニバディ・ポシブリー・ノウ・ハウ・アイ・フィール」も含め、理解されない自分をテーマにしている。重厚な曲が続く中で「ファースト・オブ・ザ・ギャング・トゥ・ダイ」は比較的軽く聞ける。
2005年。ライブ盤。
2006年。モリッシーは自分の境遇の特殊性や理解のされなさについて、これまでも多くの曲で歌ってきた。このアルバムは曲名に「私」が入っている曲が多く、モリッシーの関心が自分に強く向いていることをうかがわせる。「ザ・ヤンゲスト・ワズ・ザ・モスト・ラヴド」は「正常な人生などない」と歌う。「ライフ・イズ・ア・ピッグスタイ」は「いつもと同じSOSだが」と前置きし、「人生は豚小屋」と歌い、「痛みを止めてくれないか」と訴える。モリッシーのアルバムの中で、人生の痛み、恋愛の痛みを最も大きく、直接的に打ち出している。イタリアのローマで録音し、プロデューサーはトニー・ヴィスコンティ、弦楽器の編曲はエンニオ・モリコーネとイタリア尽くし。政治的メッセージはなくなっておらず、CDのブックレットの裏表紙は「SMASH BUSH」と書かれている。
2008年。ベスト盤。新曲2曲収録。90年代は初期を除いて選曲されていない。15曲のうち「ユー・アー・ザ・クワーリー」から4曲、「リングリーダー・オブ・ザ・トーメンターズ」から4曲収録。「レドンド・ビーチ」はパティ・スミスのカバー。「インテレスティング・ドラッグ」「モンスターが生まれる11月」「ザ・ナショナル・フロント・ディスコ」は収録されていない。初回盤はライブ盤が付属し、「ザ・ナショナル・フロント・ディスコ」「ライフ・イズ・ア・ピッグスタイ」が入っている。
2009年。「ユア・アーセナル」「ユーアー・ザ・クワーリー」以来の、アップテンポなロックが多いアルバム。それに伴ってモリッシーのボーカルも力強くなっている。ロジャー・ジョセフ・マニング・ジュニアがシンセサイザーを弾いているが、曲によってはメロトロンのように聞こえる。「オール・ユー・ニード・イズ・ミー」「ザッツ・ハウ・ピープル・グロウ・アップ」は「グレイテスト・ヒッツ」に収録されていた曲。「ユー・ワー・グッド・イン・ユア・タイム」はムーディー・ブルースの「サテンの夜」のような曲で、アルバムの中では唯一雰囲気が異なる。モリッシーの歌詞はこれまでの範囲内でいつもどおりだ。
2014年。邦題「ワールド・ピース・イズ・ノン・オブ・ユア・ビジネス~世界平和など貴様の知ったことじゃない」。アルバムタイトル曲がオープニング曲となっている。これはモリッシーの主張というよりも、社会の支配層が大衆層に向けて発する傲慢なメッセージと、モリッシーが被支配層に求める冷静な対応を掛け合わせている。挑発的なタイトルはモリッシーらしさを表しているが、被支配層の示威行動に疑問を示す主張は賛否があるだろう。「俺は男なんかじゃない」は旧型の男性像をあげつらい、自分はそんな男ではないと主張して久しぶりに肉食を批判している。「イスタンブール」はトルコ、「闘牛士の死」はスペイン、「キスしてほしい」はフランス、「マウントジョイ」はアイルランドと、舞台が多彩だ。アコースティックギターをよく使うようになった。
2017年。モリッシーはバンドのメンバーが作った曲に詞を付け、自らは作曲しない。従ってモリッシーの評価は歌詞が中心になるが、モリッシーの名前でアルバムを出している以上、評価するときには曲も対象になるのが難しい。このアルバムはジャケットから政治的主張をしており、「アイ・ベリー・ザ・リビング」「オール・ザ・ヤング・ピープル・マスト・フォール・イン・ラブ」「フー・ウィル・プロテクト・アス・フロム・ザ・ポリス」などは歌詞が攻撃的だ。イスラエルに関する曲が3曲もある。しかし、曲によっては歌詞の内容と曲のイメージが合わない。このアルバムから日本盤は出ていない。
2019年。
2020年。