ミツキは日系アメリカ人女性シンガー・ソングライター。1990年生まれ。不透明な将来、想定と異なる現実、制御できない自己イメージ、行き場のない感情に惑う若い女性の共感を得る。代表作は「ビー・ザ・カウボーイ」、代表曲は「マイ・ラブ・マイン・オール・マイン」「ノーバディー」。
2012年。大学の授業の一環で制作したアルバム。ピアノを中心とする演奏だが「ブランド・ニュー・シティ」「リアル・メン」はバンドサウンド。「アビー」は修道院のような女性合唱を使う。まず弾き語りとして曲を作り、それを曲に応じて異なる編曲をしたというようなアルバムだ。習作を一般に公開できるレベルまで引き上げていると言ってもよい。「リキッド・スムース」は日本語が入る。
2013年。大学の卒業制作。管弦楽が使えることが前提にあったかのように,多くの曲で管弦楽が使われる。2分以下の「ストロベリー・ブロンド」はカントリーポップにも通じる曲で、メロディーも珍しく前向きだ。「スクエア」はほぼ室内楽団だけの演奏。「シェイム」の弦楽器はポップスではあまりみられない使い方だ。アルバムタイトルは決意表明のように見えるが、曲の歌詞は心の叫びが多い。
2014年。ギター中心のバンドサウンドになった。オープニング曲はギターの弾き語りで始まり、オルタナティブロックに変わる。2曲目以降はガレージロック、オルタナティブロック、が続く.「アイ・ドント・スモーク」はドラムマシーンの音にストーナーロックのギター、メロディアスなボーカルが乗る。ミツキはメロディーをきちんと歌う方だが、「ドランク・ウォーク・ホーム」は絶叫が入っている。「ファースト・ラブ/レイト・スプリング」は「胸がはちきれそうで」という日本語の歌詞が入っており、それ以外はすべて英語の歌詞。10曲で30分。
2016年。キーボードを含むポストパンク寄りのロック。キーボード中心の曲も多い。「ユア・ベスト・アメリカン・ガール」は日本人の親の感性で育てられたミツキが、なろうとしてもなれないアメリカン・ガールになろうとする曲。ルーツによる文化の違いと旧世代の保守性をテーマにしており、広く共感を得る。「マイ・ボディーズ・メイド・オブ・クラッシュト・リトル・スターズ」はドラムのない2分弱のパンク。日本盤の歌詞対訳はミツキ自身が行っている。日本盤ボーナストラックの「ファイアプルーフ」はワン・ダイレクション、「アイム・ア・フーリ・トゥ・ウォント・ユー」はフランク・シナトラの「恋は愚かというけれど」のカバー。このアルバムで日本デビュー。
2018年。ざらついた荒いギターの音が減り、キーボードの量が増えた。全体として音の整合性が高くなり、ミツキのボーカルも安定感がある。「ホワイ・ディドント・ユー・ストップ・ミー?」「ア・パール」などはホーンセクションを使い、曲調の幅を広げた。「ミー・アンド・マイ・ハズバンド」「ノーバディー」など、明るめの曲も増えている。「ベリー・ミー・アット・メイクアウト・クリーク」「ピューバティー2」に出てくる緊張感のあるギターの不協和音はミツキの音楽的特徴の一つであったため、このアルバムでのニューウェーブがかった音像に否定的な意見もあるだろう。成熟した大人に向かう際の不安や後悔が前の2作に表れていたとすれば、このアルバムは大人に近づき、歌詞は不安を残しながらも音は希望が出てきている。日本盤ボーナストラックの「ホワイ・ディドント・ユー・ストップ・ミー(ほうじ茶バージョン)」はテンポを落とした厚く柔らかいシンセサイザーの編曲。
2022年。シンセサイザーを主体とするポップス。ギターからシンセサイザーへの中心楽器の変化がそのままミツキの精神的な安定を表している。ミツキが30代に入り、葛藤や不安や傷心をギターの緊張感で象徴させる解釈はもはや年代とのずれがある。若い女性シンガー・ソングライターにいつまでも精神の不安定を聞き取ろうとする態度が問われているとも言える。ポップスとは言っても楽観的な歌詞はなく、アップテンポな爽快さもない。「ジ・オンリー・ハートブレイカー」がことさらポップに聞こえるのは、メロディーが明解な80年代ポップスのイメージに結びつくからだろう。
2023年。アコースティックギター、スチールギター、オーケストラ、合唱団を使うフォーク、カントリーポップで、前作から曲調が変わっている。アーティストとして特定の音響を定めないという意志が感じられる。アメリカでカントリーやアメリカのルーツ音楽が流行していることも背景にあるだろう。シンセサイザーや電子音を使わない伝統的な音響が、人間的な営みの強調として聞こえてくる。それは対立よりも和解、否定よりも肯定から来る包摂的な営みだ。このアルバムでの自己肯定は「マイ・ラブ・マイン・オール・マイン」に象徴される。歌詞は成熟しており、次のアルバムがどのような内容になるのか期待させる。