メタリカはヘビーメタルのバンドとして世界最大の成功を収めたバンド。アメリカ、サンフランシスコ出身。ジェイムス・ヘットフィールド(ボーカル兼ギター)、カーク・ハメット(ギター)、ラーズ・ウルリッヒ(ドラム)はデビュー以来固定。ベースのみメンバー交代を繰り返す。4人編成。メガデス、アンスラックス、スレイヤーとともにスラッシュメタルの四天王とされている。「メタル・マスター」でスラッシュメタル以外のファンも獲得し、「メタリカ」で世界的にヒットした。
1983年。邦題「血染めの鉄槌」。若さに任せ、全曲に勢いがある。結果的にスラッシュメタルの音響的な特徴を実際の音で示した。「ヒット・ザ・ライツ」「ウィプラッシュ」「シーク&デストロイ」「メタル・ミリティア」収録。「(アネージア)プリング・ティース」はベースのインスト曲。歌詞の多くはヘビーメタルと軍隊で知性は感じられない。「シーク&デストロイ」はベトナム戦争の「サーチ&デストロイ」のスローガンに近い。以前はボーナス・トラックにダイアモンド・ヘッドの「アム・アイ・イーブル」とブリッツクリーグの「ブリッツクリーグ」が入っていた。メガデスのデイブ・ムステインが4曲で作曲に関わっている。全米155位。
1984年。ベースのクリフ・バートンとギターのカーク・ハメットが作曲に参加し、メンバー全員が作曲に関わるようになった。特にクリフ・バートンの貢献は多大で、構成を練ったメロディアスな曲が多くなった。「ファイト・ファイア・ウィズ・ファイア」「ライド・ザ・ライトニング」「フォー・フーム・ザ・ベル・トールズ」「クリーピング・デス」はそれがよく表れている。「フォー・フーム・ザ・ベル・トールズ」はヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」と同じタイトル。「ファイト・ファイア・ウィズ・ファイア」「ライド・ザ・ライトニング」「クリーピング・デス」は直接的、間接的に社会性を帯びており、メタリカの評価を上げた。スレイヤー、アンスラックスがデビュー盤しか出していないこの当時では、スピード、重さ、リフなどのアグレッシブさは群を抜いていた。全米100位、600万枚。
1986年。邦題「メタル・マスター」。前作と似た面はあるが、曲の展開、歌詞の成熟、演奏との相乗効果が高度にまとまり、スラッシュメタルがハードなロックの主流になったことを決定づけた。アルバムタイトルやジャケットは宗教的にも社会的にも力への脅威と疑念を示している。ジャケットの最前列左の十字架には軍用とみられるヘルメットがあり、十字架は多数の戦死者、その上の手は支配権力と読み取れる。曲の展開が多いために一曲の演奏時間が長くなっている。このころにはスラッシュメタルがヘビーメタルの一大勢力となっているが、スピーディー、アグレッシブな方向に突き進むバンドが大量に生まれる中で、バンドがアレンジを聞かせる方に向いたことは賢明だった。このアルバムが高く評価されたことで、他のスラッシュメタルのバンドにも注目が集まり、メガデスの「ピース・セルズ」、アンスラックスの「恐怖のスラッシュ感染」、スレイヤーの「レイン・イン・ブラッド」も評価されることになった。「バッテリー」は代表曲。全米29位、600万枚。
1987年。邦題「メタル・ガレージ」。カバー曲を収録したミニアルバム。カバーされているのはダイアモンド・ヘッド、ホロコースト、キリング・ジョーク、バッジー、ミスフィッツ。ミスフィッツの最後にアイアン・メイデンの「誇り高き戦い」のイントロを挿入。全米28位。
1988年。邦題「メタル・ジャスティス」。ベースのクリフ・バートンが事故死し、ジェイソン・ニューステッドが加入。バスドラムの音が乾いており、ギターが無機質的な音だ。これまでのアルバムに比べるとベースは聞こえにくい。「ブラッケンド」は環境破壊を扱っているという。「アイ・オブ・ザ・ビホルダー」は人間の認識が文化や環境に影響を受けることを描いており、認識や言論には留保と自制が必要と訴えている。「ワン」で初めてビデオ撮影をしたことが物議を醸したが、メッセージ色が濃い内容だったため「商業主義に走った」という批判を一応は抑えることができた。しかし、メッセージ色が濃いビデオはメタリカが初めてというわけではなく、多かれ少なかれすべてのビデオクリップはメッセージ性を帯びている。メタリカの場合、そのメッセージが政治的で平和志向だととらえられ、「平和」の絶対的価値の前にファンは反論する意味を見失った。また、「ワン」のビデオ制作は、スラッシュメタル、あるいはメタリカが映像コンテンツとして魅力があると判断されたということであり、アンダーグラウンドであったスラッシュ・タルがメジャー化したことの象徴だった。全米6位、700万枚。
1991年。スラッシュメタルはおろかヘビーメタル全体を通しても、特大ヒットとなった代表作。ハードさやスピードの追求はいずれ行き詰まると考え、テンポを落とした重厚さに方向転換したのは賢明だ。「メタル・ジャスティス」のようなリズムやテンポの頻繁な転換をやめ、曲全体が一般的なロックと同じように自然に流れていく。「サッド・バット・トゥルー」「ジ・アンフォーギヴン」「ナッシング・エルス・マターズ」はこのアルバムの音楽的傾向を象徴する。既存のヘビーメタル、スラッシュメタルファンの一部は離れ、それ以上の新しいロックファンを取り込んだ。世界全体でヘビーメタルが最も売れたのは80年代中期から後期だが、90年代は時代遅れのイメージがつき、多くのバンドが苦戦した。代わって台頭したのはグランジとパンテラ型サウンドで、80年代から活動するバンドではメタリカが独り勝ちだった。オーソドックスなスラッシュメタルはスレイヤーが継承役となり、メタリカはヘビーメタルそのものの先導役となった。「エンター・サンドマン」収録。世界一売れたヘビーメタル・アルバム。全米1位、1600万枚。チャートインした期間の長さ、281週は、ロックではピンク・フロイドの「狂気」に次ぐ2位。以下、レッド・ツェッペリンの「IV」、ニルバーナの「ネバーマインド」と続く。
1993年。シングル。日本盤は解説がついている。
1994年。CD3枚、ビデオ3巻のライブ・ボックスセット。普通のファンにとっては15000円という値段が商業主義に対する批判対象であり、熱心なファンにとっては買うかどうかが自らの存在を試す踏み絵であった。全米26位。
1996年。アメリカのハードなロックがグランジ、メロディック・パンク、ヘビーロック等に進んでいく中で、メタリカのサウンドが変化することは、ある程度やむを得ないという雰囲気はあった。どう変化するのかというのが興味の対象だった。聞き手はジャケットのバンドロゴの変化を見て、裏ジャケの短髪になったメンバーの写真を見て、その変化が小さくはないことを聞く前に感じ取った。聞き手が覚悟した状態で聞いたため、衝撃度はやや小さくなったと思われる。これが以前と同じロゴ、風貌で出されていたならば、問題作扱いになったはずだ。その意味で、イメージ戦略は成功している。オープニング曲の「エイント・マイ・ビッチ」「ツー・バイ・フォー」「キング・ナッシング」はヘビーメタルと呼べる。「アンティル・イット・スリープス」はハードロックというよりもオルタナティブ・ロックだ。メタリカの比較対照はスレイヤーやメガデスではなくなり、また過去のメタリカ自身でもなくなり、同時代のトップバンドであるパール・ジャムやナイン・インチ・ネイルズとなった。そうした状況が新しい音に反映している。全米1位、400万枚。
1996年。シングル盤。「アンティル・イット・スリープス(ハーマン・メルビル・ミックス)」は有名DJのモービーがリミックスしている。モービーは「白鯨」で有名なハーマン・メルビルの子孫。「キル・ライド・メドレー」は「キル・エム・オール」と「ライド・ザ・ライトニング」収録曲の6曲メドレー。「オーヴァーキル」はモーターヘッドのカバー。全米10位。
1996年。シングル盤。「ストーン・デッド・フォーエヴァー」「ダメージ・ケース」「トゥー・レイト・トゥー・レイト」はモーターヘッドのカバー。全米60位。
1997年。シングル盤。「ソー・ホワット」「クリーピング・デス」「キング・ナッシング」「ウィプラッシュ」はライブ。
1997年。「LOAD」の続編を思わせるタイトルを付け、前作の延長線上にあることを示唆する。「LOAD」に比べ、ジェイムス・ヘットフィールドのボーカルの幅が広がり、それがヘビーロック、オルタナティブ・ロックへの接近を感じさせる。他のバンドに比べて特に変わったことをやっているわけではない。マリアンヌ・フェイスフルが参加する「ザ・メモリー・リメインズ」は、パティ・スミスが参加するR.E.M.の96年のシングル曲「E-ボウ・ザ・レター」と似ている。このアルバムで最も変化があったのはジェイムス・ヘットフィールドのボーカルだろう。ハードな曲も多く、少なくとも「METALLICA」よりはテンポが速かったり演奏に勢いがあったりする。「LOAD」より聞きどころは多いが、続編、2枚目というイメージが遠ざけている。全米1位、300万枚。
1998年。シングル盤。マリアンヌ・フェイスフルが参加している。「キング・ナッシング(テピッド・ミックス)」はKMFDMがリミックス。全米28位。
1998年。シングル盤。全米59位。
1998年。シングル盤。ライブを4曲収録。
1998年。これまでに様々な音源に収録されてきたカバー曲をまとめた企画盤。シン・リジーの「ウィスキー・イン・ザ・ジャー」、マーシフル・フェイト・メドレー、レイナード・スキナードの「チューズデイズ・ゴーン」などが注目に値する。全米2位、500万枚。
1998年。オーケストラと共演したバンドはたくさんある。オーケストラ側がロックに理解を示しているので、バンド側にカデンツァ的な部分を残している。対位法的でバンドに生々しさがある。指揮者がロックアーティストのオーケストラアレンジをやっているため、メインメロディとカウンターメロディの長けた構成が面白い。功労者はオーケストラではなく指揮者であって、バンドが賞賛されるべき部分は少ない。全米2位、400万枚。
1999年。シングル盤。ボブ・シーガーのカバー。
1999年。シングル盤。収録の6曲すべてがカバー。
1999年。シングル盤。
2003年。ベースのジェイソン・ニューステッドが抜け、プロデューサーのボブ・ロックが弾いている。「ロード」、「リロード」とは変わり、スピーディーさが全編にわたって入っている。甲高いスネアドラムの音が特徴的だ。音をそれほど加工、編集しなかったことで音の角がそのまま残り、ハードコアや初期パンクのような勢いが伝わる。ハードコア由来と感じさせるサウンドがオルタナティブ・ロックに近いというイメージをつくり、ヘビーメタルではないとの印象を与える。電気的に増幅された引きずるようなエレキギターの音は、聴覚的にも皮膚感覚的にも快感を与え、それがロックの人気の原動力となってきたが、このアルバムではベース、ドラムも一体となって迫る。ボーカルメロディーはラウドロックに近い。DVD付き。
2003年。シングル盤。ラモーンズの「コマンド」「トゥモロウ・ザ・ワールド」「スニッフ・サム・グルー」「ハッピー・ファミリー」のカバー収録。
2003年。シングル盤。ライブの4曲はいずれも80年代の曲。
2003年。シングル盤。ライブの6曲は「キル・エム・オール」から2曲、「ライド・ザ・ライトニングから1曲、「メタル・マスター」から3曲を収録。日本盤CDには6曲が複数の場所でのライブのように表記されているが、日付は全て同じ日になっている。日付は誤記とみられる。「ライド・ザ・ライトニング」ではロバート・トゥルージロが新しいメンバーとして紹介されている。
2008年。「メタル・ジャスティス」から「メタリカ」のころに近いサウンド。個別の楽器が80年代から90年代のヘビーメタルの音になっている。それぞれの音も輪郭がはっきりしており、音階の移動も階段を上下するような明確な段差がある。このアルバムの(ヘビーメタルの世界での)新しさは、過去の自らのフレーズ(らしきもの)を現在のサウンドに参照させていることである。曲によって「メタル・マスター」「メタル・ジャスティス」「ガレージ・インク」などの曲が思い浮かぶ。洋楽ではサンプリング等、呼び方はいろいろだが、珍しくない手法だ。ヘビーメタルの世界でも大陸ヨーロッパ型ヘビーメタルで使われている。そうした手法を否定的にとらえるロマン主義的価値観の聞き手は多数おり、ヘビーメタルしか聞かないファンには不評だと思われる。見方を変えれば、ウィリアム・バロウズが文学の中で取り入れ、ヒップホップに応用されたカットアップという手法の中に、カットアップされる対象として、かつての自分たちの曲が入ってきたサウンドとも解釈できる。しかし、ヒップホップになじみのないヘビーメタル・ファンが、そうした解釈をもってこのアルバムを聞き直すという姿は想像しがたい。ほとんどの曲が6分から8分あるが、どの曲も長いとは思わせない。
2008年。シングル盤。8分弱ある。「ホエアエヴァー・アイ・メイ・ローム」「メタル・マスター」「ブラッケンド」「シーク・アンド・デストロイ」はライブ。ライブはいずれも歓声が大きい。
2011年。ルー・リードとメタリカの共演盤。2枚組。ルー・リードはポエトリー・リーディング型の歌い方で、バックではジェイムス・ヘットフィールドもボーカルを取っている。「ミストレス・ドレッド」はメタリカの演奏がハードで、キーボードも被さっている。2枚目の「リトル・ドッグ」「ジュニア・ダッド」はルー・リードが主導権を取ったような文学的なサウンドだ。メタリカが演奏しているが、メタリカのアルバムではないゆえに、聞き手にも寛容さが生まれるだろう。1枚目は6曲40分、2枚目は4曲で47分。
2012年。「デス・マグネティック」に収録されなかった4曲を収録した企画盤。7分前後が3曲、8分が1曲。特に驚くような要素はなく、テンポが頻繁に変わったり、ボーカルとともに曲が終わったりするところは「デス・マグネティック」や「セイント・アンガー」と同じだ。
2013年。ライブ盤。2枚組。映画の撮影のために行われたライブを収録。「…アンド・ジャスティス・フォー・オール」「バッテリー」のイントロはバンドの演奏ではなく録音をそのまま流している。映画を切り離せば一般的なライブ盤と変わらない。特定のアルバムに絡んだライブではないので、有名曲ばかりを演奏しているという点ではライブ・ベストと解釈してもよい。選曲は80年代が多く、「ロード」「セイント・アンガー」からは選曲なし、「デス・マグネティック」から1曲のみ。
2016年。2枚組。「メタル・ジャスティス」「セイント・アンガー」「デス・マグネティック」のような、ほぼメンバーの楽器音で構成されるサウンド。曲調としては「デス・マグネティック」に近い。ハードさも十分にある。歌詞は30年前と同じように好戦的な空想が多く、男性的メルヘンの世界にいると言える。メンバーの年齢を考えると、歌詞の幼稚さは否めない。1980年代にメタリカがスラッシュメタルバンドの一群から抜け出した理由を理解せず、曲調だけを形式的に模倣したような印象を与える。「ナッシング・エルス・マターズ」のようなミドルテンポの曲はない。オープニング曲の「ハードワイアード」は3分、それ以外の11曲は5分台後半から8分。「ドリーム・ノー・モア」はロバート・トゥルージロもボーカルをとる。
2023年。12曲で77分。アナログ盤では2枚4面に3曲ずつ、CDでは物理的な限界に近い時間で収録され、アナログ盤とCDの両方を考慮した配曲になっている。「メタル・マスター」と「メタリカ」に近い曲調。ミドルテンポの曲は少ない。これは、メタリカが最も注目されていた頃の音に戻ったということではないだろう。曲ごとに聞かれる配信時代に合わせて個々の曲を粒ぞろいに仕上げ、ハードであっても抑制が効いている。メンバーのメイン楽器だけ演奏がほぼが成り立っており、トップクラスのバンドとしては珍しいくらいにストイックな音作りをしている。5分から7分の曲が多く、6分を超える曲は通常の曲にさらにボーカルと最後の演奏を加えているような構成が多い。11分ある「イナモラータ」はギターソロが3回あるが、長いとは感じさせない曲だ。「チェイシング・ライト」はジミ・ヘンドリクスの「スパニッシュ・キャッスル・マジック」を思わせるメロディーを使う。メタリカのアルバムは1991年の「メタリカ」と96年の「ロード」の間に音楽的な溝があり、90年代後半から2000年代のメタリカは資本としての創造力を祖業のヘビーメタルとは別の事業に投資しているかのような経営だった。10年代以降は本業に投資しているように見える。