ザ・レモン・ツイッグスは男性兄弟デュオ。両者がボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードをこなし、一方はパーカッション、もう一方はストリングスを担当する。1960年代後半のビートルズ、70年代のビートルズ風アーティストを思わせるサウンド。
2016年。「イエロー・サブマリン」「サージェントペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のころのビートルズ、初期のエレクトリックライト・オーケストラ、カナダのクラトゥーなど、サイケデリック化が始まったころのビートルズに近い雰囲気を持つ。バンドサウンドはアンサンブルが整った簡潔な音で、弦楽器、金管楽器も使う聞き慣れた音で構成される。安心感のあるサウンドとも言えるだろう。シンセサイザーは古風なアナログシンセサイザーを使う。1960年代後半にビートルズが広く人気を得て、1世代後の90年代にジェリーフィッシュがビートルズ風オルタナティブロックで人気を得ているため、2世代後の2010年代にビートルズ風のアーティストが再び出てくることはある程度予想できた。その立場をレモン・ツイッグスが占めたことになるが、それはレモン・ツイッグスに才能があったというよりも、2010年代後半にヒットすることを見越し、レコード会社が2010年代の音楽文化を咀嚼したビートルズ風アーティストを見つけてきたということだ。オープニング曲の「アイ・ウォナ・プルーヴ・トゥ・ユー」は60年代前半のリズム&ブルース風。「ゾーズ・デイズ・イズ・カミン・スーン」はビートルズ風。「ジーズ・ワーズ」「アズ・ロング・アズ・ウィアー・トゥゲザー」収録。
2016年。2種類出た日本盤のうち、海外盤と同じジャケットの方。
2018年。人間の父母に引き取られ、人間として育てられているチンパンジーが学校と家族との生活を通じて精神的に成長していくというコンセプト盤。3曲目までは親2人の会話で、4曲目から主人公のチンパンジーが感情や思索をつづっていく。主人公は常に不安と孤独を感じており、親に愛されていない。「ザ・レッスン」では疎外感、「スモール・ヴィクトリーズ」では社会と自分の乖離、「ロンリー」では孤独、「ザ・ブリー」では主人公の実の兄弟が登場し、「ネヴァー・ノウ」では主人公を理解できないことを親に告げられる。「ボーン・ロング/ハート・ソング」「ザ・ファイア」は無理解が不幸な結果を生むことが示される。このアルバムの主人公は親からも学校という社会からも疎まれるが、現代の若者多くが感じている「期待されない自分」の状況を分かりやすく描いている。主人公が希望を見出す「ディス・イズ・マイ・ツリー」がロックンロール調になっているのは、若者の希望がロックンロールにあるということを示唆しており、メンバーのメッセージもあるだろう。音楽面では、エルトン・ジョンやポール・マッカートニー、ラズベリーズ、ビーチ・ボーイズなど、60、70年代のポップなロック、ロックンロールが多数参照され、ストリングス、ホーンセクション、コーラスが重ねられる。シンセサイザーやエレクトロニクスを極力使わず、人が演奏する音を使う。アナログ的な音の厚さは主人公に対するメンバーの共感であり、音楽だけが孤独な主人公の味方と解釈できる。日本盤の帯は的外れだ。
2020年。60年代後半から70年代前半のポップなロックを再構築したようなアルバム。特に前半はメロディーが明るめ。ブリティッシュ・インヴェイジョン、ビートルズの前期、グラムロックのような傾向がある。エレクトリック・ライト・オーケストラのような弦楽器、低音を厚くするサックス、70年代のシンセサイザー、いずれもが古風な新しさを持っている。コーラスも多彩だがビーチ・ボーイズよりもグラムロックに近く、厚さの整合感よりも異なる声とメロディーによる対位的な重唱を好んでいるようだ。「ムーン」はミートローフかエルトン・ジョンかというような曲。
2023年。60年代後半のアメリカのポップスに接近した。70年前後のシンガー・ソングライターのようにアコースティックギターをよく使い、コーラスはビーチ・ボーイズを思わせる。弦楽器が多い曲は60年代前半のイージーリスニングにも聞こえる。高音域が加わったコーラスはオフコースやガロを思わせるが、レモン・ツイッグスの2人が知っているかどうかは分からない。アルバムタイトルはビーチ・ボーイズが付けそうなタイトルだ。曲調も真面目になり、「アイ・ドント・ビロング・トゥ・ミー」「スティル・イッツ・ノット・イナフ」など、内省的なタイトルの曲も多い。「エヴリ・デイ・イズ・ザ・ワースト・デイ・オブ・マイ・ライフ」はタイトルを何度も繰り返し、それ以外の歌詞がない。前作の曲調を引き継いでいるのは「イン・マイ・ヘッド」「ゴースト・ラン・フリー」。