LANA DEL REY

ラナ・デル・レイはアメリカの女性シンガー・ソングライター。メジャーデビュー盤の「ボーン・トゥ・ダイ」でアメリカの女性シンガー・ソングライターが暗く内省的な傾向になるきっかけを作った。理想を追求する女性トップアーティストと異なり、過去の未熟な経験や現在の退行的な発言が議論を呼ぶ。そのような不完全な存在としての女性像を示すことが逆に多数の無名の女性の支持を広げ、再評価されている。

1
LANA DEL RAY

2010年。ダウンロード販売のみ、3カ月で販売終了。

2
BORN TO DIE

2012年。快活なエレクトロポップか内省的なシンガー・ソングライターか、ギターかピアノか、といった従来の枠から離れた新しい音を提示する。室内楽のようなストリングスが曲のメロディーを担い、リズムはドラムかプログラミングによる電子的な音を中心として、やや陰りのある声で歌う。このアルバムのイメージを決定づけているのはアルバムタイトル曲と「ビデオ・ゲームス」で、低めの声でゆっくりと歌われる。「ブルー・ジーンズ」はケイト・ブッシュとフリートウッド・マックのスティーヴィー・ニックスを、「ナショナル・アンセム」「サマータイム・サッドネス」などでもホールジー、アデル、テイラー・スウィフトの内省的な曲を思わせる。このアルバムは発表当初注目されなかったが、その後の女性シンガー・ソングライターが暗く陰のある曲調を多く発表するようになり、先駆者としてのラナ・デル・レイが2020年代に入って再評価されるようになった。

PARADISE

2012年。EP盤。8曲収録。日本盤は「ボーン・トゥ・ダイ」のパラダイス・エディションに収録。「ボーン・トゥ・ダイ」の雰囲気を継承している。「ブルー・ベルベット」はトニー・ベネット、ボビー・ヴィントンのカバー。「ライド」はラナ・デル・レイの低めの声を生かした曲。

3
ULTRAVIOLENCE

2014年。音の幅を広げ、バンドによる演奏が増えている。オープニング曲の「クルーエル・ワールド」は70年前後のサイケデリックの影響を受けたシンガー・ソングライター風。「シェイズ・オブ・クール」ブルックリン・ベイビー」「サッド・ガール」は前作に入っていてもいいようなメロディーで、ボーカルの表現力は上がっている。「マネー・パワー・グローリー」は大衆の欲望について主語を自分に置き換えた曲。「オールド・マネー」はピアノと室内楽で演奏される映画音楽風のメロディー。「ガンズ・アンド・ローゼズ」はバンドのガンズ・アンド・ローゼズに言及した曲。

4
HONEYMOON

2015年。オープニング曲でデビュー盤のイメージに戻ったような印象を与える。2曲目以降、イメージの幅を広げていく。「ミュージック・トゥ・ウォッチ・ボーイズ・トゥ」はボーカルを重ねて奥行きを深くする。「テレンス・ラヴズ・ユー」は途中でデヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」の有名な一節を挿入している。この曲に限らず、ほとんどの曲は何らかの曲名やアーティスト名を歌詞に織り込んでおり、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」、ボブ・ディランの「レイ・レディ・レイ」、ステッペンウルフの「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」、ビリー・ホリデイ、タンジェリン・ドリームなどが入っている。ラナ・デル・レイは積極的に過去の有名曲を引用しようとしているようだ。「バーント・ノートン」はT.S.エリオットの詩の朗読。「悲しき願い」はニーナ・シモンのカバーだが日本では尾藤イサヲのカバーで有名。

5
LUST FOR LIFE

2017年。初めて本格的にゲストアーティストを使い、ヒップホップ、ポップス寄りのアルバムとなっている。アルバムジャケットは笑顔だが曲は従来通り暗めで諦観や追憶がある。アルバムタイトル曲はザ・ウィークエンドが参加しており、マックス・マーティンが作曲に関わっている。ハリウッドサインのHに言及する歌詞は若い女性俳優の自殺事件を思わせる。「サマー・バマー」「グルーピー・ラヴ」はエイサップ・ロッキーが参加。「ビューティフル・ピープル・ビューティフル・プロブレムズ」はフリートウッド・マックのスティーヴィー・ニックス、「トゥモロウ・ネヴァー・ケイム」はショーン・レノンが参加。「トゥモロウ・ネヴァー・ケイム」はまた「レイ・レディ・レイ」を歌詞に使い、「レノン・アンド・ヨーコ」も出てくる。「コーチェラ-ウッドストック・イン・マイ・マインド」は有名音楽フェスであるコーチェラに出演した時をテーマにしており、珍しく国際政治について歌う。レッド・ツェッペリンの「天国への階段」も歌詞に登場。タイトル曲はロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」風のリズムで始まる。「ゲット・フリー」はホリーズの「安らぎの世界」またはレディオヘッドの「クリープ」を参照した曲か。

6
NORMAN FUCKING ROCKWELL!

2019年。これまでのアルバムで広げてきた曲調の範囲内で、「ボーン・トゥ・ダイ」の暗めの雰囲気を受け継ぐ。2010年代の終わりに出した集大成のアルバムと言っていいだろう。デヴィッド・ボウイ、イーグルス、ジョニ・ミッチェル、レッド・ツェッペリン、ビーチ・ボーイズなど、60~80年代のロックの引用は多い。9分半ある「ヴェニス・ビッチ」は70年代前半のマンフレッド・マンズ・アース・バンドのようなアナログシンセザイザーがある曲。「ファック・イット・アイ・ラヴ・ユー」は70年前後のロサンゼルスのフォークロックを意識したような曲。「ドゥーイン・タイム」はガーシュインの「ポーギーとベス」の「サマータイム」を引用したサブライムのカバー。

7
CHEMTRAILS OVER THE COUNTRY CLUB

2021年。ピアノとギターを中心とする弾き語りのようなアメリカーナ、フォークとなり、音の数は少なくなった。80、90年代への言及が多く、有名になる前の、周囲を気にしないですんだ気楽な頃への追憶、その頃にあった出来事や思い出を語る曲が多い。歌詞にはホワイト・ストライプス、キングス・オブ・レオン、プリンス、80年代のサンセット大通りが登場する。「ワイルド・アット・ハート」は珍しく多重録音の厚いコーラスがある。「フォー・フリー」はジョニ・ミッチェルのカバーで、ワイズブラッドが参加。

8
BLUE BANISTERS

2021年。前作から7カ月での発表。過去の思い出に着想するという創作方法は前作と変わらないが、固有名詞を出して具体的に語る歌詞から、抽象化、一般化して語る手法に変わっている。宗教的な詞も増えており、コロナ禍の影響で内省的になったとも言える。「ディーラー」は声を張り上げて歌う部分がある。「アルカディア」「イフ・ユー・ライ・ダウン・ウィズ・ミー」は4人編成の金管楽器、「アルカディア」「ヴァイオレッツ・フォー・ローゼズ」は5人編成の弦楽器を使う。最後の5曲はドラムを使わない。

9
DO YOU KNOW THAT THERE'S A TUNNEL UNDER OCEAN BLVD

2023年。初めての実験的なアルバム。前作の「インタールード-ザ・トリオ」がアルバムの雰囲気と大きく異なり、エンニオ・モリコーネの「夕陽のガンマン」のエレクトロ編曲だったのと同様に、このアルバムでも2曲あるインタールードを牧師の説教やジョン・バティステの話し声を使ったアクースマティック音楽のような曲になっている。7分超ある「A&W」は前半の4分がフォーク調、後半の3分がトラップになっており、歌詞は前半が過去の自己の経験、後半が現在の自分から見た意見表明であることから、曲調と歌詞を一致させている。この曲はアメリカの男性中心の社会構造を告発している。女性が強姦に遭っても被害を訴えると女性にも非があると難じられる社会、非難を恐れて女性が被害を訴えない社会を問い、被害を訴えられることのない男性を「透明人間」と呼ぶ。そのような社会に生きている女性が受ける理不尽を「アメリカの売春婦の経験」と繰り返し歌っている。アルバムの最初と最後の曲も意図的な配置だ。最初の曲のイントロでは女性コーラスの些細なミスをわざわざ挿入している。ミスは誰にでもあり、ラナ・デル・レイがことさら過去の言動を論難される状況に抵抗する。「タコ・トラックxVB」は「ノーマン・ファッキング・ロックウェル!」収録の「ヴェニス・ビッチ」の初期バージョンを含んでおり、過去の曲を編曲して再び新曲として収録している。「キンツギ」は日本の「金継ぎ」に言及しており、破損し修復した姿それ自体を愛でる文化を評価している。