JANELLE MONAE

ジャネール・モネイはアメリカの女性シンガー・ソングライター。自らをアンドロイドに見立てた近未来の物語を構想し、その物語の中で人種問題、少数派問題を取り上げる。科学が進んだ近未来にアフリカ系の解放を託すアフロフューチャリズムをポピュラー音楽で本格的に示した最初のアーティスト。「ジ・アーチアンドロイド」「エレクトリック・レディ」が高く評価されている。

METROPOLIS:THE CHASE SUITE

2008年。2007年に出たEP「メトロポリス」に2曲を加えた。オープニング曲の「マーチ・オブ・ザ・ウルフマスターズ」は、長大な物語がこれから始まることを宣言する。主人公はアンドロイドのシンディ・メイウェザーで、人間に恋をしたことでアンドロイドたるシンディ・メイウェザーが解体されることになることが分かる。シンディ・メイウェザーの住所が明らかにされ、聞き手はシンディ・メイウェザーを追うゲームに参加することになる。「バイオレット・スターズ・ハッピー・ハンティング!」はシンディ・メイウェザーが宇宙から来たエイリアン、顔と心と知性、人種がない奴隷の少女だと明らかにする。これは実社会でいえば部外者とみなされる人を示す。「メニー・ムーン」「ミスター・プレジデント」は強力な社会批判の曲。特に「メニー・ムーン」はアフリカ系を含むアメリカ社会の現状を100近くの単語で連打する。コンセプトは未来に設定されているが曲は比較的アナログなバンドサウンドになっている。

1
THE ARCHANDROID

2010年。前作に続く組曲の2部と3部を1枚に収めている。物語の設定は複雑なため、CDのブックレットに説明がある。90年代以降に注目されだしたアフリカ系アメリカ人によるアフロフューチャリズムを高い次元で完成させたアルバム。アフロフューチャリズムとは電子機器の普及による近未来的空間でアフリカ系が解放されるという思想であり、現実社会で抑圧されたアフリカ系が文学や音楽、美術によって未来に希望を託そうとする動きと考えられている。音楽面ではシンセサイザーやエレクトロ楽器を多用し、ステージ上で幾何学的、金属的、サイボーグ的演出を行うことが多い。このアルバムでは、前作の「メトロポリス」に続き、アフロフューチャリズムの根幹をなすプロットで曲が進む。個別の曲はファンクやポップスやロック、ヒップホップといった特定のジャンルを拒否するかのように多様で、ポップスとして音楽的にどうか、という従来の聞き方とは別の価値基準で動いている。アフロフューチャリズムはアフリカ系によるアフリカ系自身のための思想だが、白人、女性、少数者の普遍的な物語としても成り立ち、分断が人種から格差に移った時代に適したアルバムだと言える。「コールド・ウォー」「タイトロープ」収録。

2
ELECTRIC LADY

2013年。組曲の4部と5部。前作までは全体が4部で構想されていたが、このアルバムでは7部に拡大されている。物語としては4部で変革のための反乱を起こそうとするが、5部で保守的な人間の攻勢に遭う。アルバムの前半はプリンス、エリカ・バドゥ、ソランジュ、ミゲルと協演する。「クイーン」の後半は「失われた世代」、地下鉄道のハリエット・タブマン、「ホワッツ・ゴーイン・オン」のマーヴィン・ゲイ、ワシントン大行進、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」を次々に言及する。「ドロシー・ダンドリッジ・アイズ」はキム・カーンズの「ベティ・デイヴィスの瞳」を意識したような曲。「ダンス・アポカリプティック」収録。

3
DIRTY COMPUTER

2018年。このアルバムは広い意味では「ジ・アーチアンドロイド」「エレクトリック・レディー」に続くアフロフューチャリズムのアルバムだが、この2作で主人公だったシンディ・メイウェザーは出てこない。7部構成のどの部分に当たるかの表記もない。女性アーティストが参加している2曲は性的解放感が強く、これまでの曲からは突き抜けている。女性アーティストを迎えることによって一種の防御線を引いたように見える。「ジャンゴ・ジェーン」「アメリカンズ」は主張が強力だ。「メイク・ミー・フィール」はプリンスの「キッス」の影響が大きい。アルバムタイトル曲はビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソン、「アイ・ガット・ザ・ジュース」はファレル・ウィリアムスが参加。

4
THE AGE OF PLEASURE

2023年。未来や宇宙のイメージから外れ、アフロフューチャリズムは小休止している。1分台が5曲、1分以下が1曲あり、ほとんどの曲は3分未満。これまでのジャネール・モネイのアルバムは曲を聞きながら歌詞も聞き取ることを求められていたが、このアルバムはそうした聞き方をすると、歌詞の後退に戸惑う。このことは、ジャネール・モネイだからこそ逆説的な意図を読み取ることも可能だが、それを考慮しても大胆は転換となっている。性的な接触をテーマにした歌詞が多く、それが喜びだと歌う。この歌詞が意味を持つとすれば、新型コロナ禍で人との接触が大幅に制限された時期に、人と物理的に接触することが人間の根源的な喜びであることを示したことだ。このアルバムがいうプレジャーとは性的なことではなく接触を伴う交流だ。「リップスティック・ラヴァー」はレゲエ。「フロート」「ノウ・ベター」はシェウン・クティ&エジプト80が参加。