ジェイコブ・コリアーはイギリスのシンガー・ソングライター。1994年生まれ。楽器が多数ある高所得層に生まれ、1人で楽器とボーカルを多重録音して曲を制作する。スティーヴィー・ワンダーの「くよくよするなよ!」のカバー動画で知られるようになった。
2016年。ボーカル、リズム楽器、メロディー楽器の全てを自分で演奏し、録音、編集もPCで完結する。ボーカルは多数のパートをそれぞれ個別に録音してアカペラのように合成している。ポール・マッカートニーのように、全ての楽器を演奏しボーカルもこなすアーティストは存在したが、多重録音で1人で完結し、高度な品質で公開するアーティストが出たということになった。これまでに存在したいわゆるマルチプレイヤーや宅録アーティストは全てを1人で行うことに大きなこだわりを持たず、作品が世に出ることを優先して最終段階では他人を介在させていた。録音機材やPCの音楽制作ソフトの発達で、単独制作自体は可能になったものの、どう作ったかよりもどんな作品を作ったかの方が重要だという前提があった。そのため、宅録アーティストの作品は実験的、前衛的で、電子音を多用することが多かった。それに比べれば、ジェイコブ・コリアーがこのアルバムで提示する曲は古風で、使われる楽器も伝統的なものが多い。意識的に電子音やシンセサイザーを避けている。これらの曲を1人ではなく誰かと協働した場合、ジェイコブ・コリアーはどのような評価になるのかは、ある程度時間がたたないと分からない。11曲のうち3曲がカバー。
2017年。カバー曲などを10曲収録した日本のみの企画盤。スティーヴィー・ワンダーの「くよくよするなよ!」、カーペンターズの「遥かなる影」、レイ・チャールズの「ジョージア・オン・マイ・マインド」、マイケル・ジャクソンの「P.Y.T.」、ガーシュウィンの「ファッシネイティング・リズム」などをカバーしている。「イン・マイ・ルーム」に比べ自由に編曲しており、音の重ね方や演奏は専門知識や技能を存分に駆使している。
2018年。4部作で構想される「ジェシー」の第1部。1人での多重録音から離れ、オーケストラや歌手と協演している。シンセサイザーでしか出し得ない音やビートボックスも使うが、オーケストラ以外のギターやベース、ドラム、ピアノなどをジェイコブ・コリアーが演奏する。クラシック風もあれば民族音楽風、映画音楽風もあり、全面的に弦楽合奏が使われる。テイク6が参加した「オール・ナイト・ロング」は、異なる声のコーラスと同一の声の多重録音による表現可能性の違いが分かる。日本盤は2019年発売。
2019年。オーケストラを使わず、曲に合わせて演奏者が入れ替わる。曲調の幅は前作より大きく、民族音楽風の「ネバルヨ」、スティーヴ・ヴァイがハードロックのようにエレキギターを弾く「ドゥ・ユー・フィール・ラヴ」、アイルランド民謡風の「バクンベ」などが含まれる。「ムーン・リバー」はアンディ・ウィリアムス、「ヒア・カムズ・ザ・サン」はビートルズのカバー。「ムーン・リバー」はジェイコブ・コリアー以外の多数の歌手の声をサンプリングしているので、前作の「オール・ナイト・ロング」と同様に、特に高音での音の広がりが大きく感じられる。日本盤は出なかった。
2020年。シンセサイザー、プログラミングを大きく取り入れ、エレクトロ音楽、ヒップホップ、R&Bのアルバムになった。明らかな電子音よりもドラムの音に近づけた音が多い。オープニング曲の「クラリティ」は音のコラージュ、「カウント・ザ・ピープル」は高速のラップを入れたポップス、「イン・マイ・ボーンズ」もラップが入ったポップスで、この3曲がアルバムの勢いを決めている。ジェイコブ・コリアーのイメージも広げた。