エド・シーランはシンガー・ソングライター。1991年生まれ。イギリス出身。デビュー当初はホームレスのアーティストだったことが強調されていた。演奏するのはアコースティックギターが中心だが、ライブではフレーズをその場で録音してリピートするエフェクターを駆使し、バンドのようなサウンドを一人で再現する。エフェクターの技術を分かりやすく可視化したこと、エレクトロニクスを多用する2010年代のサウンドを取り入れていること。金髪の若い白人男性であること、など多くの要素が重なって2010年代を代表するアーティストとなった。
2012年。邦題「プラス」。アコースティックギターを中心に弾き語るシンガー・ソングライター。ピアノも弾き、キーボードとプログラミングは知人の補助を受けている。多数の聞き手に聞かせようとするよりも、1人、または数人に聞こえる程度の声量で歌う。若いので歌詞は自分を中心とする状況が多いが、やがて社会のありように目を向けるのだろう。ラップというよりも早口のボーカルが出てくるところは、一般的なシンガー・ソングライターと異なる。プログラミングを使っていても、全体としてはアナログ楽器によるバンドサウンドの整合感がある。
2017年。邦題「×(マルチプライ)」。エド・シーランはボーカルとギターにほぼ専念している。ベース、ドラム、キーボード、プログラミングはゲストを迎えている。ボーカルを多重録音したり、ストリングスをうまく使うようになった。陰鬱ではないものの、明るい曲調はあまりなく、若さの割には内省に傾いている。「ザ・マン」「テイク・イット・バック」で前作の早口とは異なる本格的なラップを披露する。「シンキング・アウト・ラウド」は比較的情緒性が高い。「アファイア・ラヴ」「イーヴン・マイ・ダッド・ダズ・サムタイムズ」はピアノ中心。
2017年。邦題「÷(ディヴァイド)」。アコースティックギターを中心にしながら、ラップによるボーカル、キーボード、ストリングス、バンドを伴う力強いサウンド。外に向かって開かれた印象を受ける。アコースティックギターだけの弾き語りや1人で完結できそうな曲は少なく、「ハーツ・ドント・ブレイク・アラウンド・ヒア」「ホワット・ドゥー・アイ・ノウ」、ピアノ弾き語りの「スーパーマーケット・フラワーズ」くらいだ。「ゴールウェイ・ガール」「ナンシー・マリガン」はホイッスル、バイオリンを使ったアイルランド音楽風の曲。「バルセロナ」「ビビア・ベ・ィエ・ィエ」はカリブ海風。「キャッスル・オン・ザ・ヒル」はいい曲だ。
2019年。15曲全てが誰かと協演している。エド・シーラン自身が大物アーティストなので、協演するアーティストも大物が揃っている。このアルバムに参加しているアーティストは2010年代の、特に若年層から支持を得ているアーティストの一覧とも言える。「サウス・オブ・ザ・ボーダー」はカミラ・カベロとカーディー・B、「クロス・ミー」はチャンス・ザ・ラッパー、「アイ・ドント・ケア」はジャスティン・ビーバー、「アンチソーシャル」はトラヴィス・スコット、「リメンバー・ザ・ネーム」はエミネムと50セント、「ウェイ・トゥ・ブレイク・マイ・ハート」はスクリレックス、「ブロウ」はブルーノ・マーズが参加している。協演したアーティストは概ね作曲にも参加しているが、歌っているだけの曲もある。90年代からヒット曲を多数作曲しているマックス・マーティンとシェルバックが4曲で参加している。アコースティックギター中心の「ベスト・パート・オブ・ミー」はエド・シーランのイメージに近い。エレクトロニクスを多用したポップス、ヒップホップが続き、最後の「ブロウ」で古風なハードロックになるのは面白い。エミネムと50セントが参加した曲が「リメンバー・ザ・ネーム」というのは意図的な曲名だろう。
2021年。邦題「=(イコールズ)」。ほとんどの曲がバンドサウンドで、プログラミング、シンセサイザー、ピアノ、ストリングスなど、一般的な音響機器を躊躇なく使っている印象だ。テイラー・スウィフトの「1989」から「ラヴァー」までと同じように、最高レベルの才能と最高レベルの編曲、録音技術を掛け合わせて質の高い音楽を提供しようとしている。アコースティックギター中心のポピュラー音楽が音楽的出自でありながら、そこにこだわらず、周りに集まってきた優秀な裏方の意見を取り入れる柔軟性があったからこそ、エド・シーランはトップクラスのアーティストになっている。また、エド・シーランがギターで弾き語りできる程度の曲の長さと構成を、全曲で保っていることも、聞き手の拡大につながっているだろう。オープニング曲の「タイズ」とエンディング曲の「ビー・ライト・ナウ」はフリート・フォクシーズやオブ・モンスターズ・アンド・メンのようなインディー・ロックのメロディーがある。アコースティックギターの弾き語りに近いのは「ファースト・タイムズ」だけだ。「ザ・ジョーカー・アンド・ザ・クイーン」はピアノの弾き語り風。ヒップホップの影響があるのは「2ステップ」。
2023年。邦題「-(サブトラクト)」。1、2曲目の弾き語り風、もの憂げな雰囲気を中心として、その合間にマックス・マーティンが関わった「アイズ・クローズド」、プログラミング中心の「ダスティ」、アップテンポの「タフェスト」などを挟んでいく。アルバムの中盤は似た曲調が続く。最後の「ムーヴィング」は希望を持たせるメロディーだ。日本盤ボーナストラックの「F64」はヒップホップ。
2023年。「-(サブトラクト)」と「オータム・ヴァリエーションズ」はザ・ナショナルのギターのアーロン・デスナーがプロデュースしている。アーロン・デスナーは2020年にテイラー・スウィフトのアルバムを2枚プロデュースしており、2023年にザ・ナショナルのアルバムも2枚連続でプロデュースしている。テイラー・スウィフト、エド・シーランは2枚のアルバムで音の傾向を変えている。このアルバムは「-(サブトラクト)」に比べて現代的な音になっており、ピアノの量は少ない。明るめの曲が多く、アコースティックギターの弾き語りと数学記号のアルバムというイメージから次の段階へ進もうという意思が感じられる。「イングランド」はザ・フーの「ババ・オライリー」を思わせるメロディー。