ドレイクはカナダ出身のヒップホップ歌手。自己顕示的歌詞が少なく、人間的弱さの告白が若年中間層に支持されている。レディオヘッドの「クリープ」やベックの「ルーザー」ほど自己否定的ではないが、アフリカ系としては珍しいと言える。ケンドリック・ラマーとともに、2010年代のヒップホップを牽引する。
2009年。オープニング曲の「ヒューストアトランタヴェガス」はラップよりもメロディーで歌う部分が多く、一般的なヒップホップアーティストよりもメロディーを多く歌うという宣言のような曲。他の曲はラップの部分が多い。「ベスト・アイ・エヴァー・ハッド」はハミルトン・ジョー・フランク&レイノルズの「フォーリン・イン・ラヴ」、「アップタウン」はビリー・ジョエルの「アップタウン・ガール」をサンプリングしている。7曲のうち3曲は「サンク・ミー・レイター」の日本盤ボーナストラックとして収録されている。「サクセスフル」収録。全米6位。
2010年。アメリカのヒップホップに多い男根主義的な歌詞を作らず、どちらかと言えばややうまくいかない普通の男性の状況を歌っている。カニエ・ウェストの「カレッジ・ドロップアウト」や「レイト・レジストレーション」ほどの「失敗した男」ではない。アフリカ系といえども全員が白人に抑圧されているわけではなく、白人と変わらない生活を送る自立したアフリカ系も当然多くいる。そうした人が男根主義的ヒップホップに共感はしないだろうし、ソウルやR&Bばかりを聞いてヒップホップを聞かないというわけでもないだろう。そういう意味ではアフリカ系中間層に訴えるヒップホップと言える。それはヒップホップに男根主義を求めない白人中間層も同様だ。メロディーを歌う部分が多いサウンドは、ソウルやR&Bを好む聞き手をスムーズにつなぐ。半数の曲にゲスト参加があり、ジェイ・Z、アリシア・キーズ、T.I.、スウィズ・ビーツ、ニッキー・ミナージュ、リル・ウェイン等、大物が揃う。「オーヴァー」「ファインド・ユア・ラヴ」「ミス・ミー」「ファンシー」収録。全米1位、全英15位。
2011年。ザ・ウィークエンド、ザ・エックス・エックスのジェイミー・エックスエックスが参加し、楽器よりも機械を駆使する内省的な欧米ポピュラー音楽に近くなっている。ヒップホップらしい曲はもちろん含まれているが、陰鬱なサウンドが喚起する雰囲気も重視する。他のヒップホップのアルバムとは異質だ。タイトル曲はリアーナが参加し、ジェイミー・エックスエックスが作曲に関わる。「マーヴィンズ・ルーム」「ドゥイング・イット・ロング」等はザ・エックス・エックス、ジェイムス・ブレイク風。「ヘッドラインズ」「メイク・ミー・プラウド」収録。全米1位、全英5位。
2013年。前作のサウンドを踏襲し、ピアノとエレクトロニクスがよく使われる。従来のヒップホップファンにも受け入れられるよう広がりを持たせている。ジェイ・Z以外の著名なゲスト参加はない。この頃、「テイク・ケア」収録曲とこのアルバムの収録曲が同時に多数ヒットしており、ビートルズ以来の14曲全米チャート入りとなっている。「スターテッド・フロム・ザ・ボトム」「ホールド・オン、ウィア・ゴーイング・ホーム」「オール・ミー」収録。全米1位、全英2位。
2015年。ミックステープとして発表されているが、多くのマスメディアではアルバムに準じて扱われている。ボーナストラックを含めれば19曲で76分半ある。「エナジー」収録。全米1位、全英3位。
2016年。これまでと特に変化はなく、「サンク・ミー・レイター」「テイク・ケア」を超えられていない。ドレイクが高く評価されてきた理由が抑制的社会生活を送る中間層への共感にあるため、サウンド上も変化を抑制する傾向はあるだろう。ただ、そうした中でも「テイク・ケア」で試みたザ・エックスエックス、ジェイムス・ブレイクのようなインディー型エレクトロを押し進める手はあったかもしれない。次のアルバムをどのようなサウンドにするのかで、ドレイクの評価が大きく変わるだろう。「ホットライン・ブリング」「ワン・ダンス」「トゥー・グッド」「コントローラ」収録。全米1位、全英1位。
2018年。2枚組で25曲収録。90分。1枚目はトラップを多用したヒップホップ、2枚目はヒップホップが中心。曲の方向性で2つに分け、それぞれを単独のアルバムとして出した方が分かりやすい。2枚目の中では「ナイス・フォー・ホワット」がトラップ風のヒップホップに近く、浮いている。「エモーションレス」はマライア・キャリーの「エモーションズ」をサンプリング。トーク・アップ」はジェイ・Z、ドント・マター・トゥ・ミー」はマイケル・ジャクソンと協演。