デスはアメリカのヘビーメタルバンド。デスメタルの起源のバンドとされる。ボーカル兼ギターのチャック・シュルディナーを中心とする。チャック・シュルディナーは2001年死去。
1987年。ハードコアに強い影響を受けたスラッシュメタルで、メロディーを押し殺すボーカルはハードコアそのものだ。ボーカル兼ギターのチャック・シュルディナーがベースも弾いている。ドラム以外はチャック・シュルディナーが全て演奏していることになる。この時期、ヘビーメタルの新しいジャンルとしてスラッシュメタルがあり、ハードな音楽が更新されるたびにさらに別のジャンル名が付けられていた。スラッシュメタル、デスメタルがヘビーメタルと異なる点はハードコアの影響が強いこと、権威性の音楽的否定が強いことだろう。伝統的歌唱法を無視したことが結果的に新しいジャンルの指標となっている。
1988年。ギターが加入し、ドラムが交代。3人編成。ハードコアに影響を受けたスラッシュメタルの影響を受けている。オープニング曲がアルバムタイトル曲になっており、この曲に強い思い入れがあるとみられる。ロックの範囲内で音響的な過激さを追求しており、6分のうちにテンポやリズムが度々変わる。他の曲は4分台が多いが、テンポの変化は度々ある。
1990年。ギターが交代し、ベースが加入、4人編成。このアルバムの重要性は2点ある。最も重要な点は、ホラー映画の影響を受けた空想的歌詞から、社会の歪みを告発する歌詞に変わったことだ。その次に重要なのはギターにエージェント・スティールのジェイムズ・マーフィーが加入し、80年代後半に流行した高速演奏が取り込まれたことだ。この2点によって時代を反映したヘビーメタルとなり、注目に値するバンドとなった。このアルバムで日本デビュー。
1991年。ボーカル兼ギターのチャック・シュルディナー以外全員が交代。「スピリチュアル・ヒーリング」のサウンドを押し進めた。「スーサイド・マシン」「トゥゲザー・アズ・ワン」「シークレット・フェイス」といった曲は、社会批判というよりも個人の内面、すなわち作曲しているチャック・シュルディナーの内面を描いており、青年期の人格の成熟過程を写し取っている。
1993年。ギターとドラムが交代。ギターはキング・ダイアモンドのアンディ・ラロック、ドラムはジーン・ホグラン。全曲が3、4分台になった。ドラムのレベルが格段に上がり、複雑化する演奏や曲構造を支えている。ベースも高度だ。「トラップド・イン・ア・コーナー」はメロディアスで、95年ごろから北欧で流行するメロディック・デスメタル。「メンタリー・ブラインド」「アウト・オブ・タッチ」はキーボードを使う。92年にオビチュアリー、93年にモービッド・エンジェルのアルバムがヒットし、フロリダのデスメタルがこの時期に最盛期を迎えている。日本盤は1994年発売。
1995年。ギター、ベースが交代。9曲のうち4分台が3曲になり、6~8分台が3曲になった。「スクリーム・ブラッディ・ゴア」から「シンボリック」に至る音楽的な変化は、チャック・シュルディナー個人にとどまらず、大方の人の成長過程と一致している。刺激的な表現形式に興味を示して刺激性だけをなぞる自己中心的な段階から、多数の他人と自己との関わりを考える社会的段階、一般的規範の中で自己の存在を何らかの卓越性によって再構築するエリート志向の段階という過程が見て取れる。一般的な曲の構造を外れてリズムやテンポを度々変えようとする曲調は、音楽的可能性の追求というよりも、多数の一般人と同じではないとアピールしたいという心性が表れている。
1998年。ギター、ベース、ドラムが交代。ベースとドラムの技量が落ち、「シンボリック」ほどの緊張感や技巧はない。ボーカルはデスメタルというよりもブラックメタルに近い。アメリカでは、ハードなロックの形態がデスメタル以外のジャンルで大きく発展したので、デスの注目度は相対的に下がった。「シンボリック」に比べればギターの使い方に工夫があるものの、変化は大きくない。「ヴォイス・オブ・ザ・ソウル」はアコースティックギターを使うインスト曲。