ブルース・スプリングスティーンはアメリカの代表的ロック・アーティスト。1949年生まれ。1973年のデビュー時はボブ・ディランの後継者のような扱いだった。75年の「明日なき暴走」がアメリカの著名な評論家に絶賛され、トップクラスの知名度を得る。60年代末に出てきたベトナム「戦中」のアーティストではなく、ベトナム「戦後」の新しいイメージを持って登場した。白人中産階級や庶民層の生活感覚を通して社会性の高い曲を歌い、良識派を代弁する。84年の「ボーン・イン・ザ・USA」が世界的にヒット。ただし、アメリカを賞賛する曲ではない。バックバンドを伴ったロックサウンドは人気がある。ロック・アーティストでは代表的な民主党支持者で知られる。
1973年。邦題「アズベリー・パークからの挨拶」。ブルース・スプリングスティーンはボーカル兼ギターのソロ・アーティストで、バックはベース、ドラム、キーボード、サックス。キーボードはオルガンとピアノが中心で、ギターはアコースティック・ギターも多く使用。ボブ・ディランほどくせはないが、それに近い雰囲気がある。ロック時代のボブ・ディランをなじみやすくした印象。メッセージ性はそれほど強くなく、一般的なロックの範疇に収まっている。「夜の精」「光で目もくらみ」収録。全米60位、200万枚。
1973年。邦題「青春の叫び」。ブルース・スプリングスティーンのほかにバックバンドのメンバー5人を固定し、これをEストリート・バンドとしている。ベース、ドラム、キーボード2人、サックスの編成で、ベースはチューバを兼任。メロディー楽器はギターよりもピアノ、オルガン、ホーン・セクションが目立つ。ハードな曲とアコースティックな曲が交互に配置されており、「E・ストリート・シャッフル」「いとしのロザリータ」は派手だ。全米59位、200万枚。
1975年。邦題「明日なき暴走」。ひたむきさとサウンドのハードさがうまく釣り合い、バランスのとれたアルバム。曲のイメージとサウンドが一貫して真面目で、ドラマティックさもあり、初期の大ヒット作となった。全米3位、600万枚。
1978年。邦題「闇に吠える街」。デビューから一貫して故郷のアメリカを歌い、アルバムを出すごとにテーマを変化させているが、このアルバムでは、視線が暗部にも向いている。これまでは自分の周りの環境や自分自身について歌ってきたが、今回はタイトルからして方向が異なっている。サウンドは前作のような力強さよりも幾分軽くなっている。もちろん聞き所はサウンドよりも歌詞にあるだろう。全米5位、300万枚。
1980年。2枚組。再び自分の周りを題材にしたアルバム。「明日なき暴走」や「闇に吠える街」のようなアルバムそのものの熱さではなく、シンガー・ソングライターのような懐かしさに似た寂寥感がある。一般的にはソウルやブルースの影響が強いアルバムだとされる。全米1位、500万枚。
1982年。アコースティック・ギターとハーモニカだけで録音されたアルバム。意識が周りよりも自分に向かっているという点では、前作の延長線上にあり、サウンド上の変化も了解できる。このようなサウンドの場合、何が歌われているのかが注目されるが、詩は「闇に吠える街」のように重苦しい。誰が悪いと決めてかかっているわけではなく、聞き手にさまざまな思索をさせる内容になっている。何かのメッセージを認めることも、妥当な聞き方ではないように思われる。全米3位、100万枚。
1984年。従来のロック・サウンドに戻り、記録的な大ヒットとなった。特にオープニング曲の「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」はアメリカ人に強い誇りのようなものを感じさせ、アメリカの80年代ロックの代表曲となった。80年代に入って強いアメリカを標榜するレーガン政権になり、ロサンゼルスオリンピックが開催されることがアメリカ人の自信を回復。この曲で繰り返されるメロディーがファンファーレのように響いた。他の国でもこのメロディーのイメージが誤解を招いている。実際はアメリカに批判的な内容の詩になっている。アメリカン・ドリームから見放されている男性が今をどう生きているかについて歌った曲が多い。一般にイメージされるアメリカ賛歌ではない。全米1位、1500万枚。
1986年。ライブ盤。全米1位、1300万枚。
1987年。曲ごとに演奏者の名前が表記されているので、表記のない楽器はブルース・スプリングスティーンということになる。したがって「ネブラスカ」に近い録音方法をとっているが、ロックの雰囲気は残したままだ。ブルース・スプリングスティーンのアルバムの中ではとりわけ失意や喪失感が漂い、表現のエネルギーの源はブルース・スプリングスティーン自身の経験とみられる。サウンドはややリラックスしており、目の覚めるようなきらびやかな曲は当然見られない。ジャケットも大人を感じさせ、次の段階へ入ったことをうかがわせる。全米1位、300万枚。
1988年。4曲入りミニアルバム。4曲ともライブで、「自由の鐘」はボブ・ディランのカバー。「明日なき暴走」はアコースティック・ライブ。歓声の厚さで会場の広さが伝わってくる。
1992年。「ラッキー・タウン」と同時発売。「トンネル・オブ・ラヴ」の路線。アルバム2枚を2枚組にせず1枚ずつ同時に出すのはブルース・スプリングスティーンが先鞭ではなく、ガンズ・アンド・ローゼズが先。全米2位、100万枚。
1992年。「ヒューマン・タッチ」と同時発売。女声コーラスが多いが、「ヒューマン・タッチ」とそれほど変わるところはない。明確に雰囲気を変える意図は感じられず、2枚を比較する意義も見出しにくい。全米3位、100万枚。
1992年。シングル盤。ローリング・ストーンズの「ダイスをころがせ」と同様、人生が上向きになることを期待する曲。ギターとピアノが中心のアップテンポの曲。「リープ・オブ・フェイス」はライブ。「30デイズ・アウト」は未発表曲。
1994年。4曲入りシングル。タイトル曲は映画のサウンドトラック。3曲はMTVの番組「アンプラグド」の曲。3曲のうち2曲は、後にCDで発売された「プラグド」に収録されていない。
1995年。ベスト盤。新曲4曲を含む。名曲が多いブルース・スプリングスティーンを1枚でまとめるのは無理がある。「ブラッド・ブラザーズ」もいい曲だ。全米1位、400万枚。
1995年。シングル盤。95年の「ハングリー・ハート」のライブはドイツのバンドが演奏しており、珍しい事例という。ほかに「ストリーツ・オブ・フィラデルフィア」「涙のサンダー・ロード」「マーダー・インコーポレイテッド」のライブを収録。
1995年。「グレイテスト・ヒッツ」からのシングル。6曲入り。日本盤ボーナストラックの「ルーレット」はハードですばらしい曲。
1995年。再び「ネブラスカ」に似たようなサウンドとなり、12曲のうち7曲はブルース・スプリングスティーンが1人で演奏し、歌っている。ホーン・セクションはなく、キーボードも最小限で、バイオリンとスチール・ギターがよく使われる。楽器編成だけでみても、サウンドがカントリーに近くなっていることが推測できる。歌詞は具体的な物語によって登場人物の悲哀を語る形になっており、それはデビュー以来変わらないブルース・スプリングスティーンのスタイル。個別具体例がアメリカだけの問題に限られるわけではないが、このスタイルは古典的なブルースのイメージに近い。トム・ジョードとはアメリカの小説家スタインベックの代表作「怒りの葡萄」の主人公。アメリカの小説では代表的な社会批判作。全米11位、50万枚。
1997年。邦題「プラグド」。全米189位。
1998年。邦題「ビフォア・ザ・フェイム~栄光への旅立ち」。デビュー前の1972年ごろに録音された曲を収録した企画盤。13曲収録。「エヴァキュエーション・オブ・ザ・ウェスト」はギター、ベース、ドラム、ピアノ、オルガンを使い、唯一のバンドサウンドになっている。この曲以外はギターのみによる弾き語り。ボブ・ディランやピート・シーガーのようになりたかったと思われるスタイル。
1998年。4枚組。
1999年。「トラックス」の4枚から15曲を選んでCD1枚に編集し、未発表曲3曲を追加。
2001年。ライブ盤。全米5位、100万枚。
2002年。E・ストリート・バンドとともにバンド・サウンドを作った。前半は女声コーラスとビートを効かせたリズム&ブルースに近いサウンド、後半はシンガー・ソングライターのようにミドルテンポを中心とした哀切を漂わせる。スタジオ録音としては7年ぶりで、サウンドもロック寄りであるため復活作と言っていいだろう。全米1位、200万枚。
2005年。「ネブラスカ」のようなアコースティック作品。ブルース・スプリングスティーンのボーカルとギターに、若干のキーボード、パーカッションを加えた曲が多い。「オール・ザ・ウェイ・ホーム」「ロング・タイム・カミング」はカントリー・ロック風で、明確にドラムが使われるが、他の曲はスチール・ギターやハーモニカを使い、静かに、絞り出すように歌う。ベースはブレンダン・オブライエン。全米1位、50万枚。
2006年。邦題「ライヴ・アット・ハマースミス・オデオン'75」。ライブ盤。「明日なき暴走」の30周年記念盤に付いていたライブDVDのCD版。「明日なき暴走」までの3枚から14曲、ミッチ・ライダー&ザ・デトロイト・ホイールズのカバーメドレーのカバー、ゲイリー・US・ボンズのカバーで構成される。「明日なき暴走」が出た直後の公演で、演奏に勢いがある。ピアノの弾き語り風から7人編成の分厚いサウンドまで曲調にも幅がある。17分超の「キティズ・バック」はオルガン、ピアノ、ギター、サックスがそれぞれソロをとる。「ロザリータ」はメンバー紹介を含む。日本盤は、ブルース・スプリングスティーンのトーク部分も訳が付いており、カバーの2曲は聞き取りによる歌詞と対訳が付いている。16曲で125分。
2006年。1940~60年代のフォーク歌手、ピート・シーガーが広めた曲のカバー集。「ウィ・シャル・オーヴァーカム」はジョーン・バエズでも有名。ピート・シーガーはボブ・ディランやピーター・ポール&マリー、ジョーン・バエズの親世代に当たる。60年代前半のフォーク・リバイバルで活躍し、大学生の社会批判精神に大きな影響を与えた。ピート・シーガーを採り上げたこと自体が社会告発だ。バンジョー、バイオリン2人、アコーディオン、トランペット、トロンボーン、チューバ、サックスを含む13人で録音。セッションなのでライブ録音の勢いや生々しさがある。全米3位、50万枚。
2007年。ライブ盤。全米23位、50万枚。
2007年。アメリカン・ロックの手本のようなサウンドでありながら、ブルース・スプリングスティーンの個性を出しているという傑作。90年代以降では最高作。ギター2人、キーボード2人、サックス、女声ボーカル、ベース、ドラムの8人が中心となって演奏している。オープニング曲はハードロックとも呼べるロック。どの曲も間奏のサックスがいい。ロックの高揚感を失わない。全米1位、100万枚。
2009年。「マジック」のメンバーにバイオリン奏者が加わった9人編成のバックバンド。コーラスやストリングスもあり、ロック、ポップスとして申し分ない環境だ。これまでのブルース・スプリングスティーンのアルバムでもかなり聴きやすく、弾き語りによる内省的なサウンドは1曲もない。オープニング曲の「アウトロー・ピート」は8分だが、2曲目以降は2分から4分。シンガー・ソングライターのように歌っていても、バンドサウンドが温かみを持ち込むので肩ひじ張らずに聴ける。全米1位、50万枚。
2012年。ストリングス、ホーン・セクション、コーラスに多数のミュージシャンが関わる。目を引くのはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのギター、トム・モレロだろう。アイルランド民謡風、カントリー風の編曲が多く、歌詞は訴えかけることが多い。サウンドと歌詞の両面で意味に還元されるため、軽い気分で聞けるアルバムではない。「ウィ・テイク・ケア・オブ・アワ・オウン」はブルース・スプリングスティーンのイメージ通りの音。「レッキング・ボール」は過去の名曲に比肩するいい曲。「ランド・オブ・ホープ・アンド・ドリームズ」や「アメリカン・ランド」等は詩の内容に関心を抱かせ、日本盤の解説で詳しく検討されている。全米1位。
2014年。ホーンセクション、ストリングス、女性ゴスペルコーラスのほか、バイオリン、マンドリン、アコーディオンなど、前作と同様に楽器が多彩だ。トム・モレロが12曲のうち8曲に関わっている。「アメリカン・スキン(41ショッツ)」はアメリカの人種差別を扱う。「ディス・イズ・ユア・ソード」はイーリアンパイプ、ホイッスルを使うアイルランド風の曲。「ハイ・ホープス」「ドリーム・ベイビー・ドリーム」は他人の作曲で、「ドリーム・ベイビー・ドリーム」は1979年、「ハイ・ホープス」は87年に作曲されている。「ジャスト・ライク・ファイア・ワールド」はザ・セインツのカバー。「ハリーズ・プレイス」は「ザ・ライジング」のときに録音されたらしく、クラレンス・クレモンズがサックスを演奏している。社会的な歌詞の曲が含まれることやトム・モレロが参加していることなど、前作との共通点が多い。ブルース・スプリングスティーンとトム・モレロはともに政治意識が高く、聞く方も曲に社会的メッセージを求めて聞くため、ブルース・スプリングスティーンを取り巻く人々の階層性、男性性は高くなっているとみられる。
2019年。ギターの弾き語りにピアノ、オルガン、ストリングスやホーンセクションが加わったような曲調。エレクトロニクスを使わない伝統的な響きで、メロディーには郷愁がある。「チェイシン・ワイルド・ホーセズ」「サンダウン」「ゼア・ゴーズ・マイ・ミラクル」等はギターよりもストリングスやホーンセクションが中心だ。「スリーピー・ジョーズ・カフェ」はロック。「サムウェア・ノース・オブ・ナッシュビル」はボブ・ディラン風。
2020年。固定されたメンバーのバンド「Eストリートバンド」が全編に参加している。サックスやバイオリンはあまり出てこず、ギターとオルガンが中心となっている。持続音が多いため全体に音が厚い。「ジェイニー・ニーズ・ア・シューター」「イフ・アイ・ワズ・ア・プリースト」は70年代前半に作曲していた曲という。2曲ともボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」を思わせる。「ソング・フォー・オーファンズ」は「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ、ベイビー・ブルー」風。70年代の3曲は6分台と長い。それ以外の9曲は、ブルース・スプリングスティーンが老いと死を意識しているような歌詞だ。そういう心境に入った、あるいはそういう心境になる年になったことを示すアルバム。「ハウス・オブ・ア・サウザンド・ギターズ」「レインメイカー」は政治への批評性が高い。