ブラック・サバスは世界中に影響を与えるヘビーメタルバンド。イギリス出身。4人編成。70年代はオジー・オズボーン(ボーカル)、トニー・アイオミ(ギター)、ギーザー・バトラー(ベース)、ビル・ワード(ドラム)。中心人物はトニー・アイオミ。ボーカル、ベース、ドラムは時期により異なるが、人気は初期の4枚に集中する。日本とドイツ、北欧の一部ではボーカルがロニー・ジェイムス・ディオの時代も人気がある。1960年代に起こった向精神薬による文化のうち、特に鉛色の沈鬱作用を反映した新しいロックとして、ハードロックやプログレッシブ・ロックとは異なる音像を創出した。代表作は「黒い安息日」「パラノイド」「マスター・オブ・リアリティー」「VOL.4」「ヘヴン・アンド・ヘル」。代表曲は「パラノイド」「アイアン・マン」「スイート・リーフ」「ウォー・ピッグス」「ネオンの騎士」「ヘヴン&ヘル」など。
1970年。邦題「黒い安息日」。4人編成。同時代のバンドと比較して、雰囲気、サウンドの重さ、独創性、いずれも特異だ。イントロの雨の音と鐘、雷鳴。否応なく好奇心が沸いてくる。ジャケットの不気味さ、発売日の特異さ(13日の金曜日)、バンド名の3点で、聞く前からイメージを決定づけられているといってよい。ハイライトは「黒い安息日(ブラック・サバス)」と「N.I.B.」だろう。「魔法使い」「魔女よ、誘惑するなかれ」はブルースロックからの影響が大きい。ビートルズの人気がポピュラー音楽の市場を拡大し、それを受けて音響機器が高度化、大音量化し、エレキギターの表現可能性を大幅に上げた。これと並行して、60年代後半の社会不安の増大に伴う内面の沈鬱化、抑鬱からの解放欲求が同時に進み、サイケデリック文化が若年層の音楽にも影響する。ブラック・サバスは60年代後半から始まるサイケデリックロックのうち、陰鬱な心象をエレキギターの電気的振幅で一時的に寛解させる。全米23位、全英4位。
1970年。アルバムタイトル曲が有名だが、このバンドの個性を表しているのは「ウォー・ピッグス」と「ハンド・オブ・ドゥーム」だ。初期の作品はボーカルがオジー・オズボーンである必然性は感じられないが、ソウルやブルースに傾倒した別のボーカルではサウンドに合わないだろう。ソウルやブルース、ポップスではない非伝統的、非技巧的なボーカルは、歌唱力のものさしを無効化するオルタナティブな新しさとして、伝統国家ではないアメリカで受け入れられた。「ウォー・ピッグス」はもともと「ワルプルギスの夜」を取り上げた曲だったが、ベトナム戦争に対するイギリスの若年層の厭戦感を反映していると解釈され、90年代以降はブラック・サバスを代表する曲の一つとなっている。全米12位、400万枚、全英1位。
1971年。全体的な整合感が上がり、ギター、ベース、ドラム以外の楽器も若干使う。アコースティックの小品が2曲あるが、これがいい出来だ。「アフター・フォーエバー」のベースはうなっている。「イントゥ・ザ・ヴォイド」はレッド・ツェッペリンを意識したようなハードなロック。デビュー盤の「黒い安息日」から続く一連の不穏なサウンドはこのアルバムで区切りが付く。「チルドレン・オブ・ザ・グレイヴ」「スイート・リーフ」収録。全米8位、200万枚、全英5位。
1972年。トニー・アイオミのギターが重量感を失わずに泣いている。「ウィールス・オブ・コンフュージョン」や「スノウブラインド」は叙情やプログレッシブという言葉さえ浮かぶ。「ウィールス・オブ・コンフュージョン」は前半の5分と後半の3分では別の曲のように違うが、別々の曲でも両方いい曲だ。ブラック・サバスが音楽的な可能性を追求しようとした最初のアルバムとして重要。「チェンジス」はピアノとキーボードが中心のバラード。全米13位、全英8位。
1973年。邦題「血まみれの安息日」。このアルバムが発売されたときのイギリスはグラム・ロックとプログレッシブ・ロックの名盤が次々と登場していた。ブラック・サバスも少なからず影響を受けたらしく、シンセサイザー、メロトロンが入っている。フルートやストリングスも出てくる。新しい音の導入はトニー・アイオミが積極的だったという。イエスのキーボード奏者、リック・ウェイクマンまでゲスト参加しており、バンドが5人編成になったようなサウンドだ。ブラック・サバスらしいハードさ、暗さは保持している。「サフラ・カダブラ」の前半はガンの「悪魔天国」を思わせる。「お前は誰だ!」はシンセサイザー中心。アメリカではデビューからこのアルバムまで5作連続で100万枚以上売れている。全米11位、全英4位。
1975年。ボーカルの重ね録りもあり、バラエティに富んでいると言える。前作からの実験的サウンドが継承されているが、総合的な出来は前作のほうがよかったか。「ホール・イン・ザ・スカイ」「悪魔のしるし」「誇大妄想狂」がどちらかといえばロックンロール風の曲調で、陰を感じさせる曲はほとんどない。10分近くある「誇大妄想狂」は全体的な構成が練れていない。「帝王序曲」はオジー・オズボーンのボーカルがなく、合唱団がボカリーズを歌う。全米28位、全英7位。
1975年。ベスト盤。17曲のうち「黒い安息日」「パラノイド」「VOL.4」が4曲ずつ、「マスター・オブ・リアリティ」が3曲。
1976年。このアルバムはブラック・サバスの歴史では低く評価されているが、バンドの音楽制作の面で重要な意味を持っている。これまで悪魔やオカルト趣味を基本にしていた歌詞が、社会問題にも触れるようになったからだ。「きたない女」は女性蔑視について、「ムーヴィング・パーツ」は性的少数者について書かれている。この当時に男性優位、女性劣位の不均衡を扱うことは刮目すべきことだ。キーボードが添え物的扱いではなく、ギターと対位法的に使われており、もはや切り離し不可能。バラードでも普通の曲でも同じように歌ってしまうボーカルの稚拙さが目立つ。「イッツ・オーライ」はドラムのビル・ワードが歌う。「シーズ・ゴーン」はストリングスとアコースティックギターのバラード。全米51位、全英13位。
1978年。前作に続き社会的な曲があるものの、多くの曲が一般的なハードロックになっており、聞き手の期待とは異なる。「ブレイク・アウト」ではホーンセクション、「スウィンギング・ザ・チェイン」ではハーモニカが入っている。とは言っても実験的なことをしているわけではないところがこれまでと違う。イギリスではパンクが流行していたが、カナダで録音しているので影響は全くみられない。「エアー・ダンス」のピアノ、「ブレイク・アウト」のホーンセクションはジャズ風。ビル・ワードのボーカルはうまいとは言えない。全米69位、全英12位。
1980年。ニューウェイブ・オブ・ブリティッシュ・ヘビーメタルが全盛だったころに発売。歌唱技術的にはオジー・オズボーンよりうまいボーカル、ロニー・ジェイムス・ディオが加入。しかし、ロニー・ジェイムス・ディオの歌唱はクラシック由来の技巧であり、安定感はあっても強い権威性を感じさせる。音楽の世界で伝統的に認められてきた発声や技巧は、権威主義を忌避するロックでは拒否反応を伴う。安定した歌唱それ自体は評価できても、ロックの歌唱として受け入れられるかどうかは別で、現にこのアルバムの評価は聞き手の文化的背景によって異なっている。ロニー・ジェイムス・ディオは全曲の作詞をしており、歌詞は空想の世界に後退した。オジー・オズボーンのころは精神面の沈鬱部分を宗教文化に落とし込んでいたが、ロニー・ジェイムス・ディオは神秘化された歴史に耽溺している。「ネオンの騎士」「チルドレン・オブ・ザ・シー」と「ダイ・ヤング」は傑作。全米28位、全英9位。
1980年。緊張感の高いライブ。1973年録音。ボーカルはオジー・オズボーン。スタジオ盤は暗くおどろおどろしく、ライブでは勢いよく。このライブ盤が録音当時に出なかったのは音質が低かったからか。全英5位。
1981年。邦題「悪魔の掟」。ドラムが交代。「南十字星」が秀逸。「ターン・アップ・ザ・ナイト」はロニー・ジェイムス・ディオの2枚のアルバムでは最もハード。A面は「ヘヴン&ヘル」と同等の緊張感があるが、B面はロニー・ジェイムス・ディオによるハードロックとなり、やや質が落ちる。全米29位、全英12位。
1982年。ライブ盤。2枚組。ボーカルはロニー・ジェイムス・ディオ。アメリカ公演を収録している。「ウォー・ピッグス」「アイアン・マン」はロニー・ジェイムス・ディオのようなうまいボーカルだと逆に違和感が出てくる。「ウォー・ピッグス」の後半はドラムソロ、「ヘヴン&ヘル」の後半はギターソロが入る。「南十字星~ヘヴン&ヘル(パート2)」はすばらしい。「パラノイド」の後半にも「ヘヴン&ヘル」が入る。全米37位、全英13位。
1983年。邦題「悪魔の落とし子」。ボーカルが交代し、ディープ・パープルのイアン・ギランが加入。ドラムはビル・ワードが復帰。音程の危なっかしさはオジーと大差ないが、それはそれで緊張感を生み出す。声はイアン・ギランのほうが高く出るが、自分の歌い方をバンドに合わせて変えようとはしない。「邪神」のような悪意のある支配者が出てくる曲は笑い声が効果的に使われる。「ゼロ・ザ・ヒーロー」はロックにラップ風の歌い方を取り入れている。初期のブラック・サバスらしさは希薄になってきた。A面は短いインスト曲を2曲挟んでいる。イアン・ギランはブラック・サバスに加入する前、ソロ・アルバムでヒットを連発していたので、イギリスでの人気は高い。「パラノイド」の1位に次いで全英チャート成績がいいというのは驚異的だ。全米39位、全英4位。
1985年。トニー・アイオミ以外の全員が交代。ボーカルはディープ・パープルのグレン・ヒューズ、ドラムはエリック・シンガー。バンドの名義はブラック・サバス・フィーチャリング・トニー・アイオミ。トニー・アイオミが全曲を作曲しており、曲調としては「ヘヴン&ヘル」に近くなっている。グレン・ヒューズのボーカルはロニー・ジェイムス・ディオのように安定し、オジー・オズボーンやイアン・ギランとは逆だと言えるが、伝統的な歌唱技術にのっとったうまさであるために、ロックとしての評価は大幅に減じられた。「運命の輪」はブルースロック。全米78位、全英27位。
1987年。またボーカルが替わってトニー・マーティンが加入。トニー・マーティンは他のボーカルに比べれば地味だが、グレン・ヒューズ、ロニー・ジェイムス・ディオのくせを薄くしたような歌唱法で、どんな曲でもそつなくこなせる。ベースはボブ・デイズリー、ドラムはエリック・シンガー。ブラック・サバスの曲調は、メンバーが意識的にしたことではなかったにせよ、デビュー当時には時代の空気が反映されていた。80年代後半には時代が変わっていたうえに、ブラック・サバス自身が80年代の流行に合わせようとして、結果的に評価が難しいアルバムとなった。全米168位、全英66位。
1989年。ドラムにコージー・パウエルが加入。本作と次作でレベルの高い作品を出し、ブラック・サバス名盤10年周期説が登場した。ジェフ・ニコルスの弾くキーボードが大きな貢献をしている。トニー・マーティンのボーカルはややロニー・ジェイムス・ディオのような歌い方に傾いた。神話を題材にとった詩が多く、再び初期のミステリアスなイメージを前面に出すことに成功した。神話的イメージ、特にケルト文化の十字架をジャケットに使用した背景には、当時イギリスでヒットしたケルト文化紹介のテレビ番組がある。ケルト文化の番組はいわば自国文化の賞賛であり、この番組のヒットによるケルト文化の流行をブラック・サバスが追随するのは、大衆迎合的だ。全米115位、全英31位。
1990年。ベースに元ホワイトスネイクのニール・マーレイを迎え、演奏技術の面ではバンド史上最強となった。前作に続き詩、ジャケットとも古代ヨーロッパ神話を扱っている。メンバーの感性でアルバムを作っていた70年代に比べ、90年前後はメンバーの外にある感性にメンバーが合わせるという、主客逆転が起こっている。ブラック・サバスはヘビーメタルを先導するバンドから遅れてついていくバンドになった。アメリカではチャートに入らず。全英24位。
1992年。ボーカルにロニー・ジェイムス・ディオ、ベースにギーザー・バトラーを呼び戻して作られた。ドラムはヴィニー・アピスに交代。「ヘブン・アンド・ヘル」のようなレベルではないが、「ヘッドレス・クロス」には近い。ギターが同時代的になり、音の粒子の粗さが目立つ。ロニー・ジェイムス・ディオのボーカルは「ヘヴン&ヘル」のころに比べれば生々しさと粗雑さがあり、丁寧さは後退している。神話を中心とした歌詞から現実社会に関する詩にシフトしたのは、「アメリカ的になった」と言えなくもない。「TVクライム」収録。全米44位、全英28位。
1994年。ボーカルとドラムが交代。ボーカルはトニー・マーティン、ドラムはボブ・ロンディネリ。イギリスとアメリカのそれぞれで進行していたロックの変化に全く対応できず、音楽的に80年代後半のまま停止している。90年代にデビューしたロックバンドの間では、オジー・オズボーンと70年代のブラック・サバスの評価が上昇していたが、トニー・アイオミを中心とする90年代のブラック・サバスは70年代の麻薬感覚に満ちた曲調からは遠いサウンドを選択し、チャンスを生かせなかった。全米122位、全英41位。
1995年。ベースとドラムが交代。ドラムはコージー・パウエル、ベースはニール・マーレイで、「TYR」と同じメンバーになっている。ヒップホップ・アーティストが結成したヘビーメタルバンド、ボディ・カウントのギターがプロデュースしている。オープニング曲の「イルージョン・オブ・パワー」はギャングスタ・ラップのアイス・Tがラップで参加している。曲調は70年代前半のブラック・サバスを思わせる。クオリティは高い。「アイ・ウォント・クライ・フォー・ユー」はすばらしい出来。「シェイキング・オフ・ザ・チェインズ」は90年代風。全米チャートに入らず。トニー・マーティンのアメリカでの不人気ぶりはチャート順位でも明らか。全英71位。
1998年。オジー・オズボーンが復帰したときのライブ。全米11位。「ヘブン・アンド・ヘル」以来18年ぶりに100万枚を超えた。全英41位。
1998年。「ブラック・サバス」から「エターナル・アイドル」までの4枚組ベスト。
2001年。2枚組ベスト盤。「悪魔の落とし子」までから32曲選曲。
2002年。ライブ盤。1970年から75年までの録音。「ライヴ・アット・ラスト!」の9曲に9曲追加し18曲入り2枚組にしている。
2007年。邦題「ベスト・オブ・ディオ・イヤーズ」。ロニー・ジェイムス・ディオがボーカルをとっている3枚のアルバム「ヘヴン・アンド・ヘル」「悪魔の掟」「デヒューマナイザー」から12曲、ライブ盤「ライヴ・イーヴル」から1曲選曲し、新曲3曲を追加したベスト盤。新曲のボーカルはロニー・ジェイムス・ディオ。
2013年。オジー・オズボーン、トニー・アイオミ、ギーザー・バトラーの3人をブラック・サバスのメンバーとし、ドラムはゲスト参加のミュージシャンで録音している。タイトルの「13」は不吉な数字のイメージとブラック・サバスのイメージを重ねている。こじつけ的に解釈すれば、オジー・オズボーンが70年代に在籍していた時のスタジオ録音8枚とベスト盤1枚、脱退以降に出たライブ盤2枚(「ライヴ・アット・ラスト」「パスト・ライヴス」)、97年の一時的復帰のライブ盤「リユニオン」を算入し、多数のベスト盤やボックスセットを除くとこのアルバムが13枚目になる。オジー・オズボーンが参加するスタジオ録音盤としては「ネヴァー・セイ・ダイ」以来35年ぶりで、このアルバムの価値もオジー・オズボーンがブラック・サバスのメンバーとしてスタジオ録音したという点にある。サウンド面は予想通りで、過去の名曲を思い出させるメロディーも、入れるべきものとして当然入っている。バンド側が考える「求められているサウンド」と、聞き手の「求めるサウンド」が録音前から一致しているので、スリルや高揚感よりは安心感が大きくなるだろう。キーボードは使われず、人気のある「黒い安息日」から「VOL.4」までのイメージを踏襲している。
2007年。2枚組ライブ盤。ボーカルはロニー・ジェイムス・ディオ、ギターはトニー・アイオミ、ベースはギーザー・バトラー、ドラムはヴィニー・アピス。ブラック・サバスではなくヘヴン・アンド・ヘルとして発売した。「チルドレン・オブ・ザ・シー」や「ヘヴン・アンド・ヘル」は感情のこもり方、ドラマチックさにおいて「ライヴ・イーヴル」には及ばない。しかし、30年近く経って「ヘヴン・アンド・ヘル」や「ネオンの騎士」が演奏されていることの方が重要だ。「デヒューマナイザー」と「ベスト・オブ・ディオ・イヤーズ」の曲も演奏されている。2枚目の最後の2曲はアンコールのような扱いで、「ネオンの騎士」のあとの歓声が2分も続く。「デヴィル・クライド」の後半はヴィニー・アピスのドラム・ソロが入る。「ヘヴン・アンド・ヘル」は15分。
2009年。ロニー・ジェイムス・ディオとしては「デヒューマナイザー」以来のスタジオ録音盤で、通算4枚目。多くの曲がミドルテンポで、90年代以降に評価されたサウンドを再現している。サビの音階が降下して終わる曲が多いので、ヘビーメタルよりもグランジやオルタナティブ・ロックのイメージがある。このアルバムを買うファンの期待とはずれるが、主役はギターのトニー・アイオミとベースのギーザー・バトラーだろう。ロニー・ジェイムス・ディオはこのアルバムが最後の録音となった。