BILLIE EILISH

ビリー・アイリッシュはアメリカのシンガー・ソングライター。2001年生まれ。2000年前後に生まれた世代の代表的アーティストとされる。兄のフィニアス・オコンネルと共同で作詞作曲している。少数者の権利擁護、動物福祉、女性の自己決定権、気候変動対策など、近年先進国で重視されている政治的潮流と同じ主張をしている。経験と願望が混じった夢想的な曲を、話すように感傷的に歌う。

DON'T SMILE AT ME

2018年。シンセサイザー、エレクトロニクスでほとんどの音を構成し、音の厚さや歌い方は抑制されている。コピーとペーストがデジタル機器以外の分野でも簡単にできる時代に、コピーや代替物ではない自分がどこに存在するのかを、無意識に問うている。自身の具体的日常を歌うことが、自己を未だ確立していない2000年代生まれの女性の代弁になっている。多数に向けて大きな声でアピールするのではなく、数人に向かって控えめに話すような歌い方だ。「オーシャン・アイズ」収録。

1
WHEN WE ALL FALL ASLEEP,WHERE DO WE GO?

2019年。シンセサイザー、エレクトロニクスを多用し、ジェイムス・ブレイクと同様のダブステップで夢想的な歌詞を歌う。ジェイムス・ブレイクほどの緊張感はなく、若い白人の女性がボーカルであるという点でジェイムス・ブレイクとの違いを容易に出せるのは都合がいい。若さがあるうちに別の特徴や主張をつくるべきだろう。「ザニー」「ユー・シュッド・シー・ミー・イン・ア・クラウン」等はボーカルも加工する。「8」はウクレレを使う。

 
NO TIME TO DIE

2020年。シングル盤。映画の主題歌。ピアノを主体とする陰りのあるバラード。アルバム未収録曲。

2
HAPPIER THAN EVER

2021年。全体としてエレクトロポップだが、ポップとしてイメージされる快活さよりもシンガー・ソングライターの内向性、作詞家の思索の自問、成長過程にある青年の心理など、外に向かわないエネルギーを曲に反映させている。どの曲にも共通するのは、使われる楽器と音の数の少なさ、独り言のようにささやくボーカルだ。ヒップホップ、電子音楽、ロックを子供の頃から聞き、それらが何らかの思想性と結びついたものと知る前に愛好し、やがて精神的成長の途中で創作を始めた女性の曲が、その世代の嗜好と一致したと推察できる。

3
HIT ME HARD AND SOFT

2024年。これまでの現代的な主張は隠されているが、個人的な経験を語る歌詞の中にあいまいな形で忍ばせたかのようだ。ビリー・アイリッシュはこのアルバムが出た時点で20代前半のため、自己を規定するエピソードのほとんどは恋愛経験だ。恋愛経験は成功よりも失敗の方が自己を成長させる。失敗からの分析と自己修復、肯定という過程に、いかに普遍性を持たせられるか、あるいはいかに世代の価値観を刻印できるかが、アルバムの評価を大きく左右する。このアルバムでは本心と皮肉、実話と空想、読み替えと暗喩がビリー・アイリッシュの感覚で往還しており、20代後半から30代になったときにどんなアルバムを出してくるか、心境がどう変化するかに関心を持たせる。「チヒロ」「ザ・グレイテスト」「ラムール・ドゥ・マ・ヴィ」「ブルー」はいずれも5分前後あり、途中で曲調が変わる。「チヒロ」は「千と千尋の神隠し」に由来。