BIG THIEF

ビッグ・シーフはボーカル兼ギターのエイドリアン・レンカーを中心とするアメリカのロックバンド。4人編成。エイドリアン・レンカーの弾き語りを含むフォーク、インディーロック。強い主張は持たないが共感性の高い歌詞と90年代以降のオルタナティブロック、フォーク、カントリーを通過した曲調で評価が高い。

1
MASTERPIECE

2016年。4人編成のバンドとして録音されたインディーロック。作詞作曲はすべて女性ボーカル兼ギターのエイドリアン・レンカーが行っており、エイドリアン・レンカーの弾き語りをバンド仕様で録音したと言える。オルタナティブロックに影響を受けているだろうが、メロディーや曲の展開は適度に自然で、ここからどう発展していくのかを期待させる。

2
CAPACITY

2017年。エイドリアン・レンカーの弾き語りの要素が大きくなり、ボーカルはシンガー・ソングライターのように抑制が効いている。このアルバムの歌詞は日常生活の中でみられる男性的なものと女性的なものの行き違いと緊張感、過去に起こった心理的影響の大きい出来事をテーマにしている。エイドリアン・レンカーは、それが起こった時に当事者がどのような反応をするかについて、そうするしかしょうがなかったよねと肯定する。慈悲のようなボーカルが聞き手に共感を生む。「シャーク・スマイル」はインディーロック風のエレキギター、「ミソロジカル・ビューティー」はボーカルの変化をうまく使っている。

3
U.F.O.F.

2019年。前作と同様にエイドリアン・レンカーの弾き語りを中心とするインディーロックだが、歌詞はやや抽象的になっている。抽象的だからこそ解釈の余地が大きくなる。「フロム」と「ターミナル・パラダイス」はエイドリアン・レンカーのソロアルバム収録曲を再利用している。「オレンジ」はバンドメンバーが参加しない純粋な弾き語り。バンドとしての創造性は、曲の終盤近くになると増えてくるさまざまな楽器や効果音に表れている。エイドリアン・レンカーのボーカルはアルバムごとに表現力が広がっている。

4
TWO HANDS

2019年。同じ年に2枚目のアルバムを出した。オープニング曲の「ロック・アンド・シング」でこのアルバムがロック寄りになることを示唆し、弾き語りの延長線上にあるような曲は減っている。「フォゴトゥン・アイズ」はフォークロック。「ノット」は6分を超え、ビッグ・シーフとしては大曲。70年代アメリカの男性ロックアーティストにあったような生々しさがあり、これまでの曲で最もハードだ。「リプレイスト」は珍しく共作で、作曲したエイドリアン・レンカーとギターのバック・ミークがボーカルもとっている。2010年代のインディーロックはオルタナティブロックやグランジが既存のロックとしてあるため、このアルバムもエレキギターはざらつきがある。

5
DRAGON NEW WARM MOUNTAIN I BELIEVE IN YOU

2023年。2枚組で20曲収録。デビュー以来のプロデューサーがこのアルバムで変わり、曲調に変化が出た。弾き語りの「プロミス・イズ・ア・ペンデュラム」以外の19曲は曲ごとに4人のエンジニアが4~6曲ずつプロデュースしている。メンバーが使う楽器の数も格段に増えた。1枚目のオープニング曲は従来のイメージだが、2曲目の「タイム・エスケイピング」から多彩な曲調を登場させる。「タイム・エスケイピング」は中南米風、「スパッド・インフィニティ」「レッド・ムーン」「ドライド・ローゼズ」はカントリー。「スパロー」のコーラスはエイドリアン・レンカーの多重録音を使うが、「ノー・リーズン」はメンバー全員がコーラスを担う。「ウェイク・ミー・アップ・トゥ・ドライヴ」はドラムマシンを使用。バンド演奏の雰囲気を損なわない程度に複数の曲でシンセサイザーを使っており、今後の音の幅が大きく広がる可能性がある。このアルバムは、アルバムに一貫性を求めるかどうかによって評価は異なるだろうが、21世紀のポップスが1枚のアルバムで多様なジャンルをまたいで高く評価されていることを考えると、その手法をインディーロックに持ち込んでいるという点で評価されるべきかもしれない。