ビヨンセは1998年、デスティニーズ・チャイルドのメンバーとしてデビューし、2003年にソロデビュー。1981年生まれ。デスティニーズ・チャイルドの中では最も人気があった。他の女性ソロ歌手と比べ、歌唱力、声の迫力を前面に出した曲が多い。5枚目のアルバム「ビヨンセ」でフェミニズムをテーマにして評価を高め、映像と一体化した形態でも革新をもたらした。2010年代以降、世界で最も大きな影響を与えるアフリカ系女性歌手となっている。夫はヒップホップのジェイ・Z。
2002年。シングル盤。
2003年。ビヨンセのソロアルバム。ヒップホップ・ソウルのサウンドで、男性アーティストはジェイ・Z、アウトキャストのビッグ・ボーイ、ルーサー・ヴァンドロスなど、女性アーティストはミッシー・エリオットが参加している。ジェイ・Zは2曲、ボーナストラックを含めれば3曲に参加している。デスティニーズ・チャイルド時代に比べて、コーラス・ハーモニーが控えめだが、ソロアルバムなので当然のなりゆきとも言える。「サヴァイヴァー」ほど派手なサウンドではない。「クレイジー・イン・ラヴ」はシャイ・ライツの「アー・ユー・マイ・ウーマン?(テル・ミー・ソー)」をサンプリング。「ノーティ・ガール」はドナ・サマーの「愛の誘惑」をサンプリング。「ビー・ウィズ・ユー」はブラザーズ・ジョンソン(シャギー・オーティス)の「ストロベリー・レター23」とブーツィーズ・ラバー・バンドの「アイド・ラザー・ビー・ウィズ・ユー」をサンプリング。「ザッツ・ハウ・ユー・ライク・イット」はデバージの「アイ・ライク・イット」の歌詞を引用。「クレイジー・イン・ラヴ」と「ベイビー・ボーイ」はボーカル・ハーモニーの録音はパット・トラヴァース・バンド、ヒューズ・スロールのパット・スロール。「ヒップ・ホップ・スター」でボッグ・ボーイの録音をしているのはジャズマタズのグールー。
2004年。アルバム収録曲3曲とリミックス等が収録されたCDが付いている。日本盤は「ライヴ・アット・ウェンブリー」というタイトルながら、CDにDVDが付いている体裁になっている。CDの「ウィッシング・オン・ア・スター」はローズ・ロイスのカバーで、ジェイ・Zもカバーしている。
2006年。シングル盤。
2006年。シングル盤。ジェイ・Zと共演。
2006年。アップテンポな曲が増え、バックの演奏に楽器の音が多くなった。雰囲気としてはロックの語法を使っている。女性歌手によるダンス音楽としてはとても質が高く、ビヨンセは歌唱力、作曲、編曲などをすべてハイレベルでこなしている。大きな人気を獲得するのは当然とも思える。「ゲット・ミー・バディード」「シュガ・ママ」は力強いボーカルで、声の限界に近づく歌い方だ。「フリーカム・ドレス」もいい曲。ボーナストラックを除くと10曲で38分。
2007年。シングル盤。2曲ともアルバム収録曲と同じ。日本盤はDVD付き。
2007年。最初に発売されたアルバムに新曲を5曲追加した新装盤。「ビューティフル・ライアー~華麗なる反撃」は女性ラテン歌手シャキーラと共演。バイオリンが使われ、中東風のメロディーが入る。「ウェルカム・トゥ・ハリウッド」はジェイ・Zと共演。「フロウズ・アンド・オール」は古風なシンセサイザーを使い、70年代のサイケデリック・ロック風の雰囲気がある。「イフ」は歌い上げるバラード。「ワールド・ワイド・ウーマン」はビヨンセとしては普通の出来。「ゲット・ミー・バディード」「フリーカム・ドレス」「シュガ・ママ」が連続して並んでいるので、強力なボーカルが堪能できる。
2007年。邦題「ビューティフル・ライアー~華麗なる反撃」。シングル盤。女性ラテン歌手シャキーラと共演。
2007年。ライブDVD。日本盤はリミックスCDが付いている。
2008年。2枚組で63分。1枚目は8曲で33分、2枚目は8曲で29分。1枚でも十分に収まる量だが、2枚に分けた意味は曲調、雰囲気の違いにある。使われる楽器も異なっている。1枚目はミドルテンポでアコースティックギターやピアノ、ドラムが多い。バラード集というイメージ。2枚目はコンピューターを使った現代的なサウンドで、ダンスを意識した編曲になっている。2枚ともビヨンセのボーカルを十分にいかしており、他の女性ボーカルと歌唱力の差を見せつけている。1枚でも収まる曲を2枚に分け、それを「私は私」のようなタイトルにしたのは、ビヨンセの人間としての多面性を示すためだろう。63分の分量で2枚組を実現できるのはビヨンセだからだろう。
2009年。2枚組ライブ盤。DVDもついている。CD2枚で100分あり、DVDには1枚目の全部と2枚目の半分が収録されている。バックのミュージシャンやダンサーと十分なリハーサルを行い、ショーとしての完成度を高めた一流のライブだ。スタジオ盤では聞けない12分の「デスティニーズ・チャイルド・メドレー」も含まれ、その場限りの特別な演出をCDにもDVDにも収録している。「デジャ・ヴ・ジャズ」はデューク・エリントンの「スウィングしなけりゃ意味がない」を演奏している。観客が1500人なので大歓声ではないが、観客との掛け合いも楽しい。
2011年。人格を押し出した前作のような性格付けがなくなり、エンターテイメント性とボーカルのうまさを前面に出した曲が多い。声の力強さ、表現力を生かすためか、演奏は控えめだ。曲と演奏とボーカルを三位一体で高品質にするのではなく、あくまでもボーカルが中心という作り方だ。「ベスト・シング・アイ・ネヴァー・ハド」「スタート・オーヴァー」は声量で勝負。「ラヴ・オン・トップ」はジャクソン・ファイヴのような曲。「ラン・ザ・ワールド(ガールズ)」収録。
2013年。全曲の映像を収録したDVDとともに、2枚組として発売された。DVDはCDの特典や付属物ではなく、CDとDVDのセットで一体の作品として発売されている。ジャケットは黒地にロゴのみで、生涯で一回しか使えないであろうセルフタイトルになっている。こうした外形的な特徴は、中身である音楽そのものへの関心を集める。音楽的にはシンセサイザーや電子機器を多用した現代的な音響になっており、曲の構成も多くは定型に沿っていない。従って、全体としてはオルタナティブポップ、もしくはオルタナティブR&Bと言える。オープニング曲の「プリティ・ハーツ」は白人基準の美醜に対する疑念を取り上げている。「***フローレス」ではナイジェリア出身のアフリカ系女性作家チママンダ・ンゴジ・アディチェの講義をサンプリングしている。この講義はボーボワールの「第二の性」に通じる明解で力強い内容で、ビヨンセが賛同しているとみるべきだろう。ビヨンセは他の女性歌手と同様に性的な歌詞を歌うけれども、このようなメッセージ性がある曲が存在することによって、性的な歌詞の解釈に再考を迫る。多くの聞き手はいまだ、アフリカ系女性歌手が性的な歌詞を歌うとその歌手をふしだらだと感じるが、それは男性視点、白人視点による「あるべき女性像」からの逸脱と見ているからだ。このアルバムは、ビヨンセ以外の女性アーティストのアルバムに対しても、聞き方を変える力を持っている。日本盤は2014年発売。
2016年。アフリカ系であることと女性であること、すなわち二重の従属的立場であることをアルバムの内容に反映させた。アフリカ系、女性という立場はそのまま人種問題と女性問題につながる。いずれも多くのアーティストが度々取り上げてきたので、ビヨンセが取り上げたことに特段の新しさがあるわけではない。しかし、白人、男性という支配的立場に無自覚、無反省な振る舞いが増えた2016年以降は、ビヨンセがあらためて取り上げる意味も大きくなってくる。今後、行動が伴うかどうかがアーティストの価値を左右するだろう。サウンドはソウル、ロック、クラブミュージックなど、全方位外交だ。ケンドリック・ラマー、ジェイムス・ブレイク、ジャック・ホワイトがゲスト参加している。主なジャンルの大物アーティストを揃えたところはビヨンセの知名度によるところだろう。
2022年。多くのアーティストがコロナ期間中にアルバムを制作した中で、ビヨンセは他とは次元が違うアルバムを作った。コロナ期間のさまざまな精神的影響について自分がどう感じたか、どう考えたかというありふれた発想とは異なる。コロナで世界の多数が感じた抑鬱、孤独、疎外感を、欧米社会の少数者はコロナのはるか以前から感じてきたと共感し、アフリカ系、ヒスパニック系、性的少数者が生み出してきた音楽を大量に参照している。その音楽に焦点を当て、アルバムの基調をダンス、エレクトロ音楽としている。参照の仕方はサンプリングだったり、メロディーをそのまま歌ったり、リズムを引用したりとさまざまだ。ダンス音楽、クラブカルチャーに詳しければ多くの要素が聞き分けられるだろうが、テンポがそれほど大きく異ならないダンス音楽だからこそうまくつなぎ合わされ、ビヨンセの主張を含んだ曲として再構築されている。ライト・セッド・フレッドの「アイム・トゥー・セクシー」とドナ・サマーの「アイ・フィール・ラヴ」は有名。