BEHEMOTH

ベヒーモスはポーランドのブラックメタルバンド。ボーカル兼ギターのネルガルを中心とする。東欧のブラックメタルバンドとしてデビューし、ブラックメタルからデスメタルに移行。2000年代に入りアメリカで人気を得た。

1
SVENTEVITH(STORMING NEAR THE BALTIC)

1995年。ネルガルがボーカル、ギター、ベースを演奏し、ドラムとキーボードは事実上のサポートメンバーが演奏している。「スヴェントヴィト」はバルト海沿岸地方のキリスト教伝播以前の神。歌詞も東欧、スラブ系の神話、伝承が多い。イギリスのスカイクラッドが母国のケルト文化を称揚したのと同じで、ある意味では民族主義的だと言える。従属する大きな権威や紐帯が失われた1990年代に、自らのルーツの偉大さを取り上げるロックが流行するのはなんとなく理解できる成り行きだ。10曲のうち2曲は短いインスト曲。

AND THE FORESTS DREAM ETERNALLY

1995年。EP盤。5曲収録。ボーカル兼ギター兼ベースのネルガルと、ギター、ドラムの3人で録音。「スヴェントヴィト」よりも先に録音されたが発売は「スヴェントヴィト」の後になった。オープニング曲の「トランシルバニアン・フォレスト」は1分のイントロのSEを含む。ネルガルのボーカルは喉で声を潰しているような歌い方だ。「ピュア・イーブル・アンド・ヘイト」は一般的なヘビーメタルの構造がある。「フォゴトゥン・エンパイア・オブ・ダーク・ウィッチクラフト」はブラックメタル的なミドルテンポの曲。ボーナストラックの「ヒドゥン・イン・ザ・フォグ」はキーボードを含み、バイキングメタルの雰囲気がある。

2
GROM

1996年。ベースが加入。ドラムは「スヴェントヴィト」録音時と同じメンバー。3人編成。オープニング曲の「ザ・ダーク・フォレスト(キャスト・ミー・ユア・スペル)」「グロム」は女性ボーカルを入れ、「ドラゴンズ・レア(コズミック・フレイムス・アンド・フォー・バーバリック・シーズンズ)」はシンセサイザーを使い、ボーカルも歌い方を使い分ける。何を演奏したいか、どんな曲を表現したいかという創造力が、バンドの編成を超えている。ギターの切れやメロディーは格段に向上した。

3
PANDEMONIC INCANTATIONS

1998年。ベースが交代。ブラックメタルからデスメタル、もしくはブラックメタル風のデスメタルに移行する過渡期。ほとんどの曲は怒濤のドラムと分厚いギターで占められる。

4
SATANICA

1999年。ベースが交代。同時期のナパーム・デスと同じように、ほとんど機械のようなドラムの上にデス声と鋸型の厚いギターが展開される。曲調の変化よりも重要なのは、作詞がメンバー外の専任者になったことだ。これにより曲に多様性が生まれ、神話やサタニズムに限定されない心理的要素を含む歌詞が多くなり、世界レベルで通用する下地ができた。CDのブックレットには曲ごとに解説が付いている。2000年になって初めてアメリカでも発売された。

5
THELEMA.6

2000年。ギターが加入。12曲のうち8曲をネルガルが作詞し、前作の作詞者が4曲を作詞している。前作に続いてCDのブックレットに曲の解説を付けており、人格形成に関わるネルガルの個人的思考が増えている。「ジ・アクト・オブ・レベリオン」「ナチュラル・ボーン・フィロソファー」「ジ・ユニバース・イルミネーション」はその典型例で、文化的背景が異なる幅広い聞き手に共感をもたらすと言える。

6
ZOS KIA CULTUS

2002年。演奏は前作の延長線上にあるが、曲の発想は多くが魔術によっており、共感されやすさにおいてはやや後退している。

7
DEMIGOD

2004年。ギターが抜けベースが加入。ボーカルはデス声のみとなり、厚いギター、高速のドラム、ほとんど出てこないキーボードというサウンドはデスメタルそのものになっている。ブラックメタルがかったデスメタルとして、ブラッケンド・デスメタルの先駆者となり、世界的に注目されるようになった。日本は文化的背景が異なるため分かりにくいが、曲調よりも思想性が先行するブラックメタルを、デスメタル風にすることで聞きやすくしたと言える。聞きやすさは曲調の問題だけではなく、イメージの問題も大きい。日本盤はヴェノムの「地獄への招待」のカバー収録。日本盤は2009年発売。

8
THE APOSTASY

2007年。7人の声楽家、トランペット、トロンボーン、ホルンの奏者が参加する。声楽家が参加する曲は多い。「腐敗の至聖所」ではピアノとアコースティックギターを使う。ギター、ベース、ドラムだけで演奏するということにこだわらなければ、声楽家の合唱、金管楽器、ピアノが入れるというのがネルガルの発想で、エレクトロ音やノイズ音など、アメリカ人のような発想にはならなかった。キリスト教以外の宗教、神話に言及し、規範に背くこと全般をヨーロッパ人の感性で描いている。全米149位。このアルバムで日本デビュー。

9
EVANGELION

2009年。金管楽器奏者が5人に増えたが、金管楽器が出てくる曲は少ない。声楽家は使われなくなった。結果的に「デミゴッド」のサウンドに近くなっている。全米55位。日本盤は2009年発売。

10
THE SATANIST

2014年。チェロ奏者3人、金管楽器4人が参加。サンプリングも使い、合唱も使っている。バンド演奏だけならデスメタルにとどまっているものを、チェロ、金管楽器、サンプリングによってヘビーメタルに押し上げた。曲によってデスメタルの小刻みなギターを抑え、持続音も多用する。ブラッケンド・デスメタルをブラックメタルともデスメタルとも区別しうるサウンドに成熟させた。「ブロウ・ユア・トランペッツ・ガブリエル」「光の欠如の中で」「父よ、サタンよ、太陽よ!」は編曲がいい。全米34位、全英57位。

11
I LOVED YOU AT YOUR DARKEST

2018年。前作以上にゲスト参加が多く、金管楽器8人、木管楽器4人も参加する。合唱のゲスト参加は多いとみられるが、CDのブックレットには書かれていない。オープニング曲の「溶解」は児童合唱。エンディング曲の「凝固」はデスメタルのインスト曲。デスメタルの要素を一部に保持しているものの、全体として暗めのヘビーメタル、デスメタルとなっている。このアルバムは、最初に「溶解」、最後に「凝固」を置き、「凝固」の直前に「我ら千年の月日」を置いたことで、過去を克服して未来に向かう教養小説のような解釈が可能となっている。宗教や神学を題材にした歌詞は聞き手を男性に偏重し、関心のない多数の聞き手を突き放す。今後もこの作風が続くだろうが、デスメタル、ブラックメタルを超えて人気を獲得する可能性も示している。