1970年。イギリスのポップなロックと後期のビートルズの雰囲気を残しながら、ドラマチックな曲も収録。7曲のうち3曲はオーケストラが入っており、編曲しているのはロバート・ジョン・ゴドフリー。「ダーク・ナウ・マイ・スカイ」は12分あり、5分を超えるイントロがある。ギター、キーボード、オーケストラでドラマチックに、クラシック風に編曲されている。
1971年。前作に続きオーケストラを使う。8曲のうち、6分以上ある2曲がプログレッシブロックを強く打ち出す。8分以上ある「シー・セッド」は3部構成。「モッキンバード」は代表曲。
1971年。個々の曲がやや短くなっている。アコースティックギターを使う曲は牧歌的なフォークが多く、エレキギターを使う曲はロックになり、それがこの時代にはプログレッシブロックに近くなるということだろう。「詩人」「アフター・ザ・デイ」はそれぞれ5分弱の2曲が一連として曲を形成している。
1972年。バンドだけで演奏する曲と多人数の演奏家を加える曲を明確に分けた。A面に3曲、B面に3曲あり、バンドによる演奏は各面に2曲ずつ収録している。B面のうち2曲はキーボード奏者が参加せず、1曲はキーボード奏者とオーケストラで演奏する。「デルフ・タウンの暁」は金管楽器奏者が13人参加する。キーボード奏者は参加しないがピアノはベースが弾いている。10分以上ある「夏の兵士」は途中で曲が途切れる2部構成。金管楽器奏者が参加する「デルフ・タウンの暁」とオーケストラが参加する「ムーンウォーター」が、これまでと異なる手法と言える。このアルバムまでハーヴェスト・レコードから発売。
1974年。邦題「宇宙の子供」。オーケストラを使わず、バンドメンバーによる演奏を基本とする。オーケストラを使わなくても、「紙の翼」「フォー・ノー・ワン」はこれまでのドラマチックな曲と同様の雰囲気がある。A面のコーラスはイエス風が多い。B面の「貧しい少年のブルース」「粉ひきの少年たち」はクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング風。「1974年最大の炭鉱災害」はビー・ジーズの「ニュー・ヨーク炭鉱の悲劇」を意識した曲か。
1974年。ライブ盤。アナログ盤では2枚組。11曲収録。4人で演奏しており、オーケストラがあった部分はキーボードで代用している。キーボードはメロトロン、ムーグ、電気ピアノの3種類なので、オーケストラの代用の多くはメロトロンを使っている。ギターも1人で演奏している。演奏は安定しており、アルバムとほとんど同じ演奏の曲も多い。MCはほとんどなく、歓声は曲が終わったときに聞こえる。
1975年。邦題「神話の中の亡霊」。各曲に明確な特徴がある。曲は5分以下になっているが、プログレッシブ・ロックのドラマチックさは残している。「タイトルズ」は歌詞にビートルズの曲名を多数織り込み、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」「愛こそはすべて」等のメロディーも出てくる。「ジョナサン」はメロトロン、「墓の彼方」はシンセサイザーで盛り上げる。「ソング・フォー・ユー」はオルガンとピアノ、「子供達の讃歌」はボーカルハーモニーに工夫がある。
1976年。ライブ盤を含めて8枚目なので「オクト」が付いている。オベロンはシェイクスピアの「真夏の夜の夢」の妖精。曲に描かれる舞台が世界から社会、集団、2人、1人と徐々に狭くなっていくように配置されている。曲全体がドラマチックというような曲はなくなり、一部がその雰囲気を匂わせるということが多くなってきている。「メイ・デイ」はヨーロッパの五月祭、「ラー」はエジプト神話が題材。後半に盛り上がりがある。「ポーク・ストリート・ラグ」は低迷期のビーチ・ボーイズ、「ビリーヴ・イン・ミー」はポップなイエス風。
1977年。フォークロックから発展したウエストコーストサウンドがアメリカで流行していたためか、それに近いサウンドを持っていたバンドがウエストコーストサウンドを取り込んでいる。「プア・マンズ・ムーディー・ブルース」「シー・オブ・トランクィリティー」はプログレッシブ・ロックバンドの面影を残すが、プログレッシブ・ロックがイギリスでは受け入れられなくなっていたためか、大仰さはない。ドイツで長期にわたりヒットしている。
1978年。ライブ盤。2枚組。以前の「ライヴ」と同じように、スタジオ録音を再現したような演奏が多いが、ギター、ベースはキーボードに一切触れず、ギターとベースに専念している。ボーナストラックの「メディシン・マン」は12分あり、長いギターソロが入っている。「フォー・ノー・ワン」でもギターソロが入る。ベース、キーボード、ドラムは目立った演奏をせず、アンサンブルを優先している。
1978年。アメリカ寄りになった「ゴーン・トゥ・アース」からアメリカらしさを減らした結果、一般的なロックのアルバムになった。何かを新たに取り入れたり、別の方向を目指したりしているわけではなく、主張が薄くなっている。ギターが作曲した5曲は、タイトルとは別に文学のジャンル名が付いている。「ア・テイル・オブ・シクスティーズ」はボブ・ディラン、デヴィッド・ボウイ、ザ・フー、ローリング・ストーンズ、ロッド・スチュワート、フランク・ザッパが歌詞に登場し、メンバーが影響を受けたアーティストを回想する。プログレッシブ・ロックバンドとみなされているバンドがパンク、ニューウェーブに言及するのは珍しいだろう。「ベルリン」収録。
1979年。キーボードが抜け3人編成。キーボードはゲストを招いている。パンクやニューウェーブの影響を受けず、むしろアメリカのロックの流行を取り入れている。「オールライト・ダウン・ゲット・ブギー」はディスコ調のロック。「スーパースター」はUFOのような曲調。「カプリコーン」はボストンの「宇宙の彼方へ」を思わせる。プログレッシブ・ロックバンドのイメージはこのアルバムからほとんどなくなっている。
1981年。刺激が少ないアメリカのロックバンドにようになり、バンドとしての存在意義はほとんど見出せない。キーボードがオルガンやメロトロン、ムーグからピアノや一般的なシンセサイザーになり、両刃の剣となっている。キーボードの種類の変化は単なる楽器の入れ替わりではなく、メロディーや雰囲気も変える。メロディーや雰囲気はアーティストが他のアーティストとの違いを示す大きな要素だから、これが類型的方向に変わると厳しい。
1982年。ライブ盤。1980年録音。当時共産圏だった東ドイツの東ベルリンで、バークレイ・ジェームス・ハーヴェストが無料コンサートを行った。その時のライブを記録している。ライブの内容よりも記録性の意義が大きい。
1983年。ボーカルが控えめになり、ボーカルを補完するハーモニーが付くようになった。ギターもあっさりしており、アダルト・オリエンテッド・ロックに近くなっている。オープニング曲はREOスピードワゴンのような曲。アルバムタイトル曲はピンク・フロイドの「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」を思わせる。
1984年。女性3人によるコーラスがほぼ全曲につく。「ホールド・オン」はメインボーカルよりも重要なフレーズを歌っている。シンセサイザー主体の不協和音が少ないロック。TOTOにも近い。ロックバンドではないアーティストでも同じようなサウンドは多数あるので、この時期の一般的なポップスの音と言える。
1987年。「リング・オブ・チェンジズ」をややハードにしたようなサウンド。ギターはハードロックの影響を受けているだろう。ドラムは複数の曲でエレキドラム、もしくはドラムマシーンを使っている。「キエフ」はチェルノブイリ原発事故に関する曲という。間奏はプロコル・ハルムの「青い影」風。南アフリカの人種差別政策を取り上げた「アフリカン」は、アフリカの飢餓をテーマとしたUSA・フォー・アフリカ、ライブエイドとは趣旨が異なるが、アフリカ救済の意味では同じ方向性を持つ。「ギター・ブルース」はタイトル通りギターが活躍するが、ソロとしては面白みに欠ける。
1988年。ライブ盤。タイトルの「グラスノスチ」は1986年からソ連で始まった「情報公開」のスローガン。ライブ自体は東ベルリンの公演。「ホールド・オン」はパーカッションとドラムの短いソロが入る。以前のライブ盤ではほとんどなかったMCが「ホールド・オン」と「キエフ」のあとに入っている。発表当時、代表曲の「モッキンバード」「宇宙の子供」は収録されなかった。
1990年。エレキドラムをあまり使わなくなり、ドラムは80年代ポップス風ではなくなった。しかし、ボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムのいずれもがこれまでの手法にのっとったアンサンブル重視のサウンドであり、実質的には10年前から変わらない。「ジョン・レノンズ・ギター」「サイケデリック・チャイルド」は過去への憧憬があからさまだ。ジャケットはヒプノシスのストーム・ソーガソン。
1993年。ベスト盤。「宇宙の子供」以降のアルバムから選曲しているのでハーヴェスト・レコード時代の曲は収録していない。
1994年。グランジ、ブリットポップ等の影響を全く受けず、「ウェルカム・トゥ・ザ・ショウ」のサウンドを継承しているが、明るい曲が少ない。ほとんどの曲はミドルテンポかバラード。アップテンポの曲は「スパッド・ユー・ライク」くらいだ。80年代のハードロックバンドは90年代になってバラードを量産し、いくつかはヒットしているため、これに追随したとみられる。70年代にパンクやニューウェーブに追随しなかったのと同様に、粗さや奇妙さを多く残した新しいサウンドを忌避するようだ。ジャケットはロドニー・マシューズ。
1997年。イギリスで発売されなくなり、ヨーロッパ本土で発売。前作にあったもの悲しさは減り、全体としてそれほど暗さはない。ただ、ロックの主流から大きく離れた刺激の少ないサウンドは変わらず、バンドの人気が回復するとは当分考えられない。シンセサイザーやコーラス、リズムに整合感のある聞きやすいサウンドは、未熟で都合の悪い音を排除したサウンドでもあり、常に未熟な新しい若者の支持を得ることはできない。「バック・イン・ザ・ゲーム」はイエス風のコーラスを使う。このアルバム発表後、バンドは分裂した。