2014年。サンプリング、プログラミング、エレクトロニクス、編集、加工によって前衛的な音楽を作っている。前衛的ではあるが前衛ではなく、既存のエレクトロ音楽の延長線上にある。楽器をそのまま使わず、サンプリングによって加工しやすくして使っている。前衛性の度合いで言えば、調性や拍節から離れようとした現代音楽ほどの前衛性はなく、既存のポピュラー音楽の規範に則っている。残響を大きくとって空間の深さを大きく感じさせるのはビョークやシガー・ロスなどと同じ手法だ。「シスターズ」「スリット・スルー」「シーヴリー」などは明確なリズムがある。他の曲もある程度は拍節を持つ。「ファミリー・ヴァイオレンス」「ウーンド」はストリングスに近い音を加工。「ウーンド」はボーカルが入っている。
2015年。音の数が増え、それぞれの音が加工される。即興、実験的な部分は1950年代から60年代の現代音楽を思わせるが、拍節やメロディーは維持している。クラシックが第2次大戦後に前衛的になり、ロックがフラワー・ムーブメント以降脱ポピュラー化する動きがあったのと同じように、1人で電子音楽が可能となった時代の前衛音楽と言える。クラシック、ジャズ、ロック、電子音楽と、新しい表現手法が登場すれば、その拡散方向の一つとしてエリート主義的な前衛志向が出てくるのはどのジャンルでも変わらない。このアルバムはある程度音楽的な部分を残しており、一般性を放棄していない。
2017年。アルカがボーカルをとり、その歌い方や曲調は、一部では聖歌や中世の宗教音楽を思わせる。シガー・ロスが情緒的で霊性に傾いたようなサウンド。アーティストとしての活動が世界レベルに至り、アルカが自らのよりどころを求めた結果がこのサウンドだと思われる。電子音楽でアーティストをやっていくということは、ポピュラー音楽文化上優位なアメリカ人やイギリス人と対等に張り合いながら、彼らとは異なる要素を提示して地位を維持更新していかなければならないということだ。南米出身であるアルカが、アメリカ人やイギリス人、あるいはヨーロッパ人とは異なり、かつ彼らに勝る要素とは、中世にルーツを持つカトリック文化であり、多様な撥弦楽器の文化であり、文明化されずに残る民族文化だろう。中世カトリック文化はアメリカ人やイギリス人が追随できない分野であり、それを連想させるサウンドにアーティストとしての個性を求めたことは賢明だ。エニグマのヒットから1世代たっているというのもタイミングがよかった。曲のタイトルは多くがスペイン語で、ボーカルもスペイン語になっている。