イギリスの女性シンガー・ソングライター。1988年生まれ。イギリスを中心に、デビュー時から世界的ヒットを記録し、21世紀にデビューした最大のアーティストとなっている。
2008年。歌唱力を前面に出したソウル、ジャズ。バックの演奏は、若年層が好むシンセサイザーやエレクトロニクスを、意識的に避けたようなサウンドだ。アコースティックギターの多くもアデルが弾いている。アデルが支持される要因は、伝統に則った歌唱力、全世代になじみやすい音響、政治性のない情緒的な歌詞であり、またそれを生かす曲にある。同じような歌唱力を持つ歌手がアデルと同じ曲を歌っても、アデルほどの大きな支持は得られない。アデルの歌唱力が説得力を持つのは、家庭に恵まれなかった19歳の若い女性が、流行を追わずに歌唱力とソウル風の曲で挑戦しているという経緯、つまり物語であり、その物語はアデルだけに備わっているものだからだ。ロンドンで育ったことは、欧米のポピュラー音楽界では有利に働く。物語と、ロンドン育ちの「正統性」と、若い白人の女性というバランスが聞き手を安心させ、もともと存在する歌唱力の高さをかさ上げしていく。「メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ」はビリー・ジョエル、ガース・ブルックスもカバーしたボブ・ディランの曲。これ以外は全てアデルの作曲。全米4位、全英1位。
2011年。バンドサウンド中心になり、シンセサイザーではない本物のストリングスがサウンドを補強する。アデルのボーカルは力強くなっており、バンドサウンドに対峙している。歌詞の多くはアデル自身に起こった失恋にまつわる出来事を扱っている。社会にあまり触れず、個人的な感傷を前面に出したことで、広い階層の女性が共感できるようになった。オープニング曲の「ローリング・イン・ザ・ディープ」はシュープリームスを思わせるモータウンのサウンド。「ルーマー・ハズ・イット」も60年代の感覚がある。バンドサウンドがエレクトロニクスならば、アメリカのアフリカ系女性歌手のアルバムに入っていても違和感がない曲が多い。「ドント・ユー・リメンバー」「セット・ファイア・トゥ・ザ・レイン」はソウルよりロックに近い。「ワン・アンド・オンリー」はコーラスがゴスペル風。「ラヴソング」はザ・キュアーのカバー。「サムワン・ライク・ユー」はアデル最大のヒット曲。プロデューサーにリック・ルービンが参加しているのは意外だ。全米1位、全英1位。
2011年。ライブ盤。特定の日の公演だけで1枚のライブ盤を作り、映像とともに出せるのは、安定した歌唱力を持っていることの証しだ。歓声は大きく、女性の聴衆が多い。自作曲のほか、ボブ・ディランとザ・キュアーのカバーを両方やり、ボニー・レイットの「夕映えの恋人たち」もカバーしている。「サムワン・ライク・ユー」は聴衆に合唱させる。
2012年。シングル盤。映画「007・スカイフォール」の主題歌。「21」の「ドント・ユー・リメンバー」の路線。
2015年。アコースティック楽器中心の雰囲気を損なわない程度に、エレクトロニクスを取り入れた。ストリングスが使われているのは「ラヴ・イン・ザ・ダーク」だけだ。グレッグ・カースティン、マックス・マーティン、シェルバック、ポール・エプワース、デンジャー・マウスら、2000年代にヒット曲を量産している職業作曲家と共作し、そのチームで演奏も完結していることが多い。アデルがギターも弾いているのは「センド・マイ・ラヴ(トゥ・ユア・ニュー・ラヴァー)」だけだが、この曲は弾き語りではなくエレクトロニクス中心のポップな曲。「ミリオン・イヤーズ・アゴー」はアコースティックギターのみ、「オール・アイ・アスク」はピアノだけの伴奏。「ウォーター・アンダー・ザ・ブリッジ」はいい曲だ。「ハロー」収録。全米1位、全英1位。
2021年。このアルバムは、「21」と同様に、アデル自身の傷心をテーマとしている。フリートウッド・マックの「噂」、ジョニ・ミッチェルの「ブルー」、キャロル・キングの「つづれ織り」、ベックの「シー・チェンジ」、ロードの「メロドラマ」と同じように、アルバム、あるいは曲によって心の痛みを吐き出している。2度目の傷心アルバムなので聞き手は聞く前から「21」のような曲を期待するが、これまでの作風を逸脱せず、むしろさらに情緒的に歌う曲もある。「マイ・リトル・ラヴではボーカル以外にアデルの音声の録音が使われている。曲を聞かずに歌詞だけを曲順に読んでいけば、アルバム全体として1つの物語が構築され、離婚と喪失をきっかけとした人間的成熟、相対化が読み取れる。再出発のためのリセットというような単純な解釈はすべきでないが、次作以降はそこから展開される物語が期待できる。