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AALIYAH

1
AGE AIN'T NOTHING BUT A NUMBER
1994年。アリーヤはアメリカ・ニューヨーク出身の女性ヒップホップ・ソウル歌手。デビュー当時15歳。「アット・ユア・ベスト」はアイズレー・ブラザーズのカバーで、それ以外の11曲はすべてR.ケリーの作曲。プロデューサーもR.ケリー。1992年にメアリー・J・ブライジがデビューし、93年に「ホワッツ・ザ・411?リミックス」が出てヒップホップ・ソウルを創出しており、アリーヤはそのジャンルの有望新人として扱われる。メアリー・J・ブライジがいなければ注目の度合いが多少変わったかもしれないが、いなくても十分に評価されるべき歌唱力があり、一般的な女性歌手では歌いこなせないであろう表現力がある。それを15歳で歌っていることのインパクトは大きい。
2
ONE IN A MILLION
1996年。R.ケリーは一切関与せず、ティンバランドが多くの曲をプロデュースしている。ティンバランドがプロデュースした曲はミッシー・エリオットが作曲に関わっている。ヒップホップ・ソウルのジャンルを大きく超え、ヒップホップのサウンドに新しい流れを作った。通常のドラム・セットで言えばハイハットとリムショットをタムとバスドラムと同じくらいの地位に引き揚げている。実際の演奏はコンピューターやリズム・マシーンで作られていることが多いが、ハイハットにあたる音は単純に等間隔のリズムを刻む。いずれは多彩なバリエーションが生み出されるだろう。応用が利くサウンドの例を最初に提示したという点で画期的なアルバムで、高く評価されるのは当然だ。アリーヤはこのアルバムで大きく飛躍したが、それ以上にティンバランドが飛躍した。結果的にティンバランド以外のプロデューサーの影が薄くなっている。アイズレー・ブラザーズ、マーヴィン・ゲイの曲をカバー。どちらもティンバランドのプロデュースではない。全米18位。
3
AALIYAH
2001年。15曲のうち、ティンバランドがプロデュースした曲は3曲になり、半数近くはラプチャー&E.シーツがプロデュースしている。サウンドの幅が大きく広がり、何でも歌える歌手になりつつある。ティンバランドがそれほどかかわらなくても全体として曲がよく、ボーカルもすばらしい。「アイ・リフューズ」はヨーロッパ映画に出てくるようなクラシック調バラード。「ロック・ザ・ボート」は世界初のディスコのヒット曲として有名なヒューズ・コーポレーションの「愛の航海」と同じタイトル。その曲を意識したかどうかは不明だが、アフリカ系アメリカ人には知名度の高い曲だと思われる。全米2位、300万枚。このアルバムを発売した直後、航空機事故死。

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