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MOTLEY CRUE

1
 
TOO FAST FOR LOVE
1981年。邦題「華麗なる激情」。「スティック・トゥ・ユア・ガンズ」を含む。
 
TOO FAST FOR LOVE
1982年。邦題「華麗なる激情」。「スティック・トゥ・ユア・ガンズ」を削除し、ボーカルを録音し直した再発売盤。大手レーベルに移籍してサウンドを向上させた。全曲をベースのニッキー・シックスが作曲。演奏は下手だが曲はポップでロックのハードさも持ち合わせている。「ライブ・ワイアー」収録。全米77位。
2
SHOUT AT THE DEVIL
1983年。人気を得たアルバム。メロディーが覚えやすいことと容貌のワイルドさの相乗効果。まじめになれない若者の心にうまく入り込んだ。そういうバンドが当時なくなっていたというタイミングの良さもあった。「ルック・ザット・キル」「レッド・ホット」「恋をするには若すぎる」収録。「ヘルター・スケルター」はビートルズのカバー。全米17位、400万枚。「ルック・ザット・キル」は54位、「恋をするには若すぎる」は90位。
3
THEATRE OF PAIN
1985年。ロックン・ロールが強く出ているが、メロディーのよさは変わっていない。「スモーキン・イン・ザ・ボーイズ・ルーム」はブラウンズビル・ステーションの「隠れ煙草」のカバー。「ホーム・スイート・ホーム」収録。全米6位、400万枚。「スモーキン・イン・ザ・ボーイズ・ルーム」は16位、「ホーム・スイート・ホーム」は89位。
4
GIRLS,GIRLS,GIRLS
1987年。オープニングからの2曲「ワイルド・サイド」「ガールズ・ガールズ・ガールズ」がすばらしく、この質を最後まで維持すれば傑作だった。後半もいい曲が続く。発表当時は、これがモトリー・クルーの最高傑作だとする評価もあった。「監獄ロック」はエルビス・プレスリーのカバー。全米2位、400万枚。「ガールズ・ガールズ・ガールズ」は12位、「オール・アイ・ニード」は83位。
 
 
RAW TRACKS
1988年。日本未発表の曲を集めた企画盤。日本のみ発売。
5
DR.FEELGOOD
1989年。このアルバムが出るころは、すでにアメリカのハードロックの人気が下がっている途中だった。グランジ・ロック、オルタナティブ・ロックが流行し始めるのは1991年からだが、80年代末にはブルースブームやジミ・ヘンドリクスブームがあって、きらびやかなロックからルーツ音楽に回帰しようとする動きがあった。いわゆるヘアメタル群のバンドからもう傑作は出ないという漠然とした雰囲気があったが、このアルバムはそれを打ち破った名盤。クイーンズライチを思わせるオープニングは秀逸。ギターのミック・マーズが11曲のうち9曲で作曲にかかわっており、大きな貢献をしている。ブライアン・アダムス、エアロスミスのスティーブン・タイラー、チープ・トリック、スキッド・ロウのメンバーがゲスト参加。全米1位、600万枚。「ドクター・フィールグッド」は6位、「キックスタート・マイ・ハート」は27位、「ウィズアウト・ユー」は8位、「ドント・ゴー・アウェイ・マッド」は19位、「セイム・オール・シチュエーション」は78位。
 
 
RAW TRACKS II
1990年。日本未発表の曲を集めた企画盤。日本のみ発売。
 
 
DECADE OF DECADENCE '81-'91
1991年。新曲3曲を含むベスト盤。「プライマル・スクリーム」収録。全米2位、200万枚。「プライマル・スクリーム」は63位、「ホーム・スイート・ホーム’91」は37位。
6
MOTLEY CRUE
1994年。ボーカルのヴィンス・ニールが抜け、ジョン・コラビが加入。流行を取り入れ、グランジロック風になっている。ジョン・コラビのボーカルはやや濁っているのでさらにグランジロック風味が増幅される。「ドリフトアウェイ」は非常にすばらしい。「フーリガンズ・ホリデイ」収録。全米7位。
 
 
QUATERNARY
1994年。日本未発表の曲を集めた企画盤。日本のみ発売。「ロウ・トラックスIII」の副題がついている。
7
GENERATION SWINE
1997年。ボーカルにヴィンス・ニールが復帰。今回も流行を取り入れたサウンドだが、80年代と違い、バンドが流行を追いかける側になってしまうと、聞く方もモトリー・クルーと最先端のバンドを比較することになってしまい、サウンドのスリルや期待を縮小させてしまう。実際、目新しさに欠ける。ヴィンス・ニールが歌い上げるようなところは少なく、ボーカルが奥に引っ込んでいる。「シャウト・アット・ザ・デヴィル’97」収録。全米4位。
 
AFRAID
1997年。シングル盤。「ラスト・フォー・ライフ」はイギー・ポップのカバーで、イギー・ポップとデヴィッド・ボウイが作曲。プロデューサーがダスト・ブラザーズであることを強調しているので、ケミカル・ブラザーズのプロデュースだと思われる。
 
 
GREATEST HITS
1998年。新曲2曲を含むベスト盤。全米20位。
 
 
ENTERTAINMENT OR DEATH
1999年。ライブ盤。全米133位。
8
NEW TATTOO
2000年。ドラムのトミー・リーが抜けオジー・オズボーンのランディー・カスティロが加入。「ドクター・フィールグッド」のころに戻ったサウンドだが、過去2作で離れたファンを再び取り戻すのは難しい。メロディーがはっきり分かるサウンドでも特に目新しさがないという点では前作と同じ。もっとポップでもよかったのではないか。全米41位。
 
 
LOUD AS FUCK
2003年。ベスト盤。DVD付きのボックスセット。
 
 
MUSIC TO CRASH YOUR CAR TO Vol.1
2003年。「華麗なる激情」から「ガールズ・ガールズ・ガールズ」までを全曲収録したボックスセット。
 
 
RED,WHITE&CRUE
2005年。新曲3曲を含むベスト盤。2枚組。
 
 
CARNIVAL OF SINS LIVE
2006年。ライブ盤。
9
SAINTS OF LOS ANGELES
2008年。ドラムにトミー・リーが復帰し、80年代のメンバーで録音。オーソドックスなロックン・ロール。加齢によってか、ボーカルの声域が狭くなり、メロディーの盛り上がりに制約が出ている。ボーカルに合わせて曲が作られたような印象で、ギターの音域も狭い。不良や悪ガキといったイメージを持つロックン・ロールを日本ではバッド・ボーイズ・ロックン・ロールと長ったらしく呼ぶが、文学的に言えばピカレスク・ロックだ。ヒップホップのギャングスタ・ラップも同様にピカレスク・ヒップホップと呼ぶことができ、総称してピカレスク音楽とも言える。ただ、このアルバムの内容では、モトリー・クルーがやらなければいけないサウンドでもなく、モトリー・クルーにしかできないサウンドでもない。むしろ、体力的に衰えているアーティストが無理にピカレスク(悪漢)になろうとして墓穴を掘っている。今のロック・ファンがバッド・ボーイズ・ロックン・ロールを聞こうとするなら、わざわざモトリー・クルーを選ぶ理由はなく、他のアーティストの方が十分魅力的だ。
 
METHODS OF MAYHEM/METHODS OF MAYHEM
1999年。モトリー・クルーのドラム、トミー・リーが結成したバンド。メンバーは不定。トミー・リーはドラムとボーカルを担当し、ギター、ベース、DJが基本的な編成となっている。サウンドはリンプビズキットに近い。同じ年にリンプ・ビズキットは「シグニフィカント・アザー」を出し、全米1位になっている。モトリー・クルーは80年代にヘア・メタル、90年代にグランジ・ロックをやっているので、トミー・リーとしては常に最先端のロックをやっていると言える。「フー・ザ・ヘル・ケアズ」はスヌープ・ドッグ、「ヒポクリティカル」はリンプ・ビズキットのフレッド・ダースト、「ゲット・ネイキッド」はフレッド・ダースト、リル・キム、ビースティ・ボーイズのミックス・マスター・マイク、ファンカデリックのジョージ・クリントンが参加している。11曲で36分。
 
NEVER A DULL MOMENT/TOMMY LEE
2002年。モトリー・クルーのドラム、トミー・リーのソロアルバム。デフトーンズのボーカル、インキュバスのボーカルとギター、ビースティ・ボーイズのミックス・マスター・マイクが参加している。ヒップホップは出てこず、オルタナティブ・ロックの傾向が強い。機械音や人工的なサウンドを随所に使い、ハードなロックを演奏する。ハードなロックン・ロールやパンクのような勢い任せの曲は少ない。トミー・リーは、モトリー・クルーのメンバーだったというイメージが強すぎるため、新しいアーティストによる鮮烈さがどうしても乏しくなるが、洋楽ロックとしてはいい曲が並んだアルバムだ。「ブルー」はすばらしい。「フェーム」はデヴィッド・ボウイのカバー。
 
 
TOMMYLAND:THE RIDE
2006年。

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