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ERIC CLAPTON

 
BLUES BREAKERS WITH ERIC CLAPTON/JOHN MAYALL&THE BLUES BREAKERS FEATURING ERIC CLAPTON
1966年。ヤードバーズを抜けたエリック・クラプトンが加入したバンドがジョン・メイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズで、エリック・クラプトンは全曲のギターを弾いている。ボーカルはジョン・メイオールで、オルガンとハーモニカを兼任。「さすらいの心」はエリック・クラプトンがボーカルをとる。エリック・クラプトンがソロでボーカルをとった最初の曲。「ホワッド・アイ・セイ」はドラム・ソロがあり、後半はビートルズの「デイ・トリッパー」のようなメロディーで終わる。ブルース・ブレイカーズとしては2枚目のアルバム。12曲のうち半分はブルースのカバーで、一般の人が想像するようなイメージのブルースをやっている。ジャケットは左から2番目がエリック・クラプトン。エリック・クラプトンはこの1枚で脱退し、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカーとクリームを結成。
 
BLIND FAITH/BLIND FAITH
1969年。邦題「スーパー・ジャイアンツ・ブラインド・フェイス」。クリーム解散後、エリック・クラプトンが結成したバンド。4人編成。ボーカルはトラフィックのスティーブ・ウィンウッド。ドラムはクリームのジンジャー・ベイカー。エリック・クラプトンはギター専任。エリック・クラプトンとスティーブ・ウィンウッドが目立つが、ドラム・ソロやベース奏者によるバイオリン演奏もあり、メンバーそれぞれが聞かせどころを作っている。60年代末に流行した大物アーティストによるスーパー・グループ結成のひとつ。サウンドは特にきわだった点がなく、このメンバーにしては、と思うほどオーソドックスなロック。刺激はそれほどない。
 
ON TOUR WITH ERIC CLAPTON/DELANEY&BONNIE&FRIENDS
1970年。エリック・クラプトンがブラインド・フェイス解散後、ビートルズのジョン・レノンのバック・バンドに参加。その後、ソウル系のボーカル・グループ、デラニー&ボニーのバック・バンドのメンバーとなった。ライブ盤。ソウルなのでホーン・セクションやサポート・ボーカルもいる。リタ・クーリッジ、デイブ・メイソンも参加。エリック・クラプトンの演奏よりも、ライブ・アルバムそのものを楽しむのが適切か。2曲目はブルース・ギターのロバート・ジョンソンに捧げられている。デラニー・ブラムレットのボーカルがすばらしい。
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ERIC CLAPTON SOLO
1970年。ヤードバーズ、クリームのエリック・クラプトンのソロ。デラニー&ボニーのデラニー・ブラムレットがプロデュースし、バックのミュージシャンもデラニー&ボニー&フレンズのメンバーが多い。デラニー&ボニー&フレンズの主役が入れ替わったサウンドと言ってよい。デラニー&ボニーのソウルは出てこないが、エリック・クラプトンのあまり声量の多くないボーカルとスワンプ・ロック特有の女声コーラスがそれを補って別の魅力を出している。「ブルース・パワー」収録。
 
LAYLA AND OTHER ASSORTED LOVE SONGS/DEREK AND THE DOMINOS
1970年。邦題「いとしのレイラ」。エリック・クラプトンがソロ・アルバムを出した後、デラニー&ボニー&フレンズのベース、ドラム、キーボードと結成したバンド。オールマン・ブラザーズ・バンドのデュアン・オールマンがゲストで参加し、サウンド上重要な働きをしている。14曲のうちメンバーによる作曲は9曲。「リトル・ウィング」はジミ・ヘンドリクスのカバー。2人のギターが今でもインパクトのある演奏をするが、曲自体はやや古風。ロックン・ロールやブルースではなく、サザン・ロックやスワンプ・ロックに近いロック。「いとしのレイラ」はほとんどの音楽ファンが知っている有名曲。「ベル・ボトム・ブルース」はそれに匹敵する名曲。エリック・クラプトンのボーカルもすばらしい。
 
IN CONCERT/DEREK AND THE DOMINOS
1973年。ライブ盤。2枚組。デュアン・オールマンがいないメンバーで録音された。「いとしのレイラ」「ル・ボトム・ブルース」は収録されていない。エリック・クラプトンのギターが大きく目立っているように聞こえるが、ボビー・ウィットロックのピアノ、オルガンとボーカルも縦横に動く。それらを支えるベースとドラムも安定している。
 
RAINBOW CONCERT
1973年。ライブ盤。ザ・フーのピート・タウンセンド、トラフィック、ブラインド・フェイスのスティーブ・ウィンウッド、フェイセズのロン・ウッド等が参加。エリック・クラプトンのほかにギターが2人いるので、全部のギターの音を弾いているわけではない。直近のスタジオ盤に比べると明らかに声に覇気がなく、ギターも相応に力が落ちていると思われる。「バッジ」「リトル・ウィング」収録。
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461 OCEAN BOULEVARD
1974年。復帰後最初のスタジオ盤。ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」をカバーし、全米1位となった。アルバムも全米1位。10曲のうち、エリック・クラプトンが作曲にかかわっているのは3曲。そのうちの1曲が「レット・イット・グロウ」。スワンプ・ロック風のサウンドから離れ、あまり濃密ではないバンド・サウンドとなっている。ジャケットの通りのサウンドだと言えばそう感じるが、それはすでに聞いた者の感じ方だ。楽器の使い方や音の出し方がレゲエのように細く短い。イボンヌ・エリマンが参加。「アイ・キャント・ホールド・アウト」はエルモア・ジェームス、「ステディ・ローリン・マン」はロバート・ジョンソンのカバー。
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THERE'S ONE IN EVERY CROWD
1975年。邦題「安息の地を求めて」。「461オーシャン・ブールヴァード」とほぼ同じメンバーで録音。10曲のうちエリック・クラプトンが単独で作曲しているのは後半の4曲、それ以外は1曲が共作なので、曲作りの意欲は上がっている。ジャマイカで録音したという。「揺れるチャリオット」「ドント・ブレイム・ミー」はレゲエ。エリック・クラプトンは、ギターにかかわる人からは尊敬されているので、「アイ・ショット・ザ・シェリフ」のヒット直後にレゲエを取り入れても2匹目のドジョウを狙ったとは言われにくい。エリック・クラプトンが自らの才能によって得た特典だ。しかし、一般にアピールする有名曲は出ていない。「ザ・スカイ・イズ・クライング」はエルモア・ジェームスのカバー。
 
 
E.C. WAS HERE
1975年。邦題「エリック・クラプトン・ライヴ」。ライブ盤。
4
NO REASON TO CRY
1976年。ボブ・ディラン、ロン・ウッド、ジョージー・フェイム、ザ・バンドのリック・ダンコ、ロビー・ロバートソン等が参加。ボブ・ディランとリック・ダンコは作曲にもかかわっている。サウンドはザ・バンドのように、スライド・ギターやドブロ、オルガン、ピアノを用いたアメリカの南部風ロック。ザ・バンドがバックバンドになっているようなアルバム。「サイン・ラングウィッヂ」はエリック・クラプトンとボブ・ディランがデュエットしている。「イノセント・タイムズ」「ハングリィ」は女声ボーカルがソロを取る。
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SLOWHAND
1977年。特徴的なサウンドだったアルバムが続いたあと、本来のソロの体裁に戻った。本来、といっても、ソロとしてのデビュー盤はデビューという外見上の特徴があり、それ以降のスタジオ盤はレゲエ導入、ジャマイカ録音、ザ・バンドと共演と続いているので、ここでやっとソロらしいソロができたとも言える。「レイ・ダウン・サリー」「ワンダフル・トゥナイト」がヒット。「コカイン」はJ.J.ケイルのカバー。
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BACKLESS
1978年。「ノー・リーズン・トゥ・クライ」の雰囲気を残しながら、「スローハンド」の曲をやっているようなサウンド。リラックスした雰囲気がある。「ノー・リーズン・トゥ・クライ」の音の数を減らしたと言った方が適切か。
 
 
JUST ONE NIGHT
1980年。邦題「エリック・クラプトン・ライヴ・アット・武道館」。ライブ盤。
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ANOTHER TICKET
1981年。オープニング曲からシンセサイザーの音が小さく聞こえ、ピアノもキーボードで出している音に近い。タイトル曲ではシンセサイザーが曲全体の雰囲気を作り、間奏ではソロも取る。年代が変わってサウンドにも変化が出ている。アルバム全体の中で異色の1曲があるとそこに目がいくが、これまでの路線を踏襲している曲が過半を占める。最後の「リタ・メイ」はこれまでで最もハードな演奏。プロコル・ハルムのオルガン奏者、ゲイリー・ブルッカーが参加。
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MONEY AND CIGALLETS
1983年。デビュー以来初めてアップテンポの多いアルバムとなった。バックバンドのメンバーがバンドとして全曲に参加しているような印象で、ソロというよりもバンドのサウンドだ。ライ・クーダーが参加。「ザ・シェープ・ユーアー・イン」がこのアルバムの象徴。雰囲気も明るい。「エイント・ゴーイング・ダウン」はジミ・ヘンドリクスの「見張塔からずっと」に似ている。「クロスカット・ソー」はアルバート・キングのカバー。
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BEHIND THE SUN
1985年。サウンドが当時流行のロック風になり、泥臭さやブルース志向が大幅に減退した。TOTOのスティーブ・ルカサー、ジェフ・ポーカロ、ジェネシスのフィル・コリンズ、フリートウッド・マックのリンジー・バッキンガムといった大物アーティストが参加。ボブ・ディランやザ・バンドが参加した「ノー・リーズン・トゥ・クライ」と似たような状況があるが、今回は商業的に成功したアーティストを集めた印象がある。商業的成功は、目的ではなく結果であって、選ばれたアーティストには何も言われる筋合いはない。しかし、一般的には、ロックと商業的成功を相反する事象のごとく見る風潮があるため、エリック・クラプトンのような理想追求型のアーティストにとってイメージは必ずしもよくない。実際のサウンドもシンセサイザーとエレキ・ドラムが多用される濁りの少ない音、つまり売れる音で作られている。プロデューサーはフィル・コリンズと、ハーパース・ビザールのテッド・テンプルマン、バーバンク・サウンドのレニー・ワロンカー。「ノック・オン・ウッド」はエディー・フロイドのカバー。
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AUGUST
1986年。前作に続きフィル・コリンズがプロデュースし、ドラムも演奏している。TOTOの2人は参加せず、ブレッカー・ブラザーズ、ティナ・ターナー、ケイティ・キッスーン、プロコル・ハルムのゲイリー・ブルッカー、ブラック・サバスのローレンス・コットル等が参加。ケイティ・キッスーンはマック&ケイティ・キッスーンとしてミドル・オブ・ザ・ロードの「チピチピ天国」をカバーしヒットさせた人。12曲のうち2曲はモータウン・レコードでホランド・ドジャー・ホランドの作曲チームだったラモント・ドジャーが単独で作曲。「ホリー・マザー」はエリック・クラプトンとスティーブン・ビショップの共作、「ビハインド・ザ・マスク」はイエロー・マジック・オーケストラのカバーで坂本龍一、マイケル・ジャクソン、クリス・モスデルの作曲。前作と同様のサウンド。ホーン・セクションを全曲で使い、ポップスになった。アルバムのオープニング曲のイントロがボーカルで始まるのは初めてではないか。エリック・クラップトンとザ・バンドのロビー・ロバートソンが共作しているが、ザ・バンドのような雰囲気はなく、ポップなロック。他の曲も多くは人名からくるようなイメージが出ていない。
11
JOURNEYMAN
1989年。ビートルズのジョージ・ハリソン、フォリナーのミック・ジョーンズ、フィル・コリンズ、ダリル・ホール、ルーファスのチャカ・カーン等が参加。サウンドは前作ほど派手ではなく、ブルースにはブルースに応じたサウンドを作っている。ピアノやドラムが濁りなく響くので、アダルト・コンテンポラリーのようなブルースになる。エリック・クラプトンが作曲にかかわっているのは12曲のうち2曲だけで、両方とも共作。残りは他人の曲。「ラン・ソー・ファー」はジョージ・ハリソン作曲。
 
 
24 NIGHTS
1991年。ライブ盤。
 
RUSH
1992年。映画のサウンドトラック。10曲のうち7曲はエリック・クラプトンが作曲したインスト。2曲が共作、1曲がウィリー・ディクソンとアル・パーキンスの曲。インストはブルース一辺倒。最後の曲は「ティアーズ・イン・ヘヴン」。ヒットした曲ではあるが、この曲がヒットしたのではなく、「アンプラグド」に収録した曲の方がヒットした。
 
UNPLUGGED
1992年。邦題「アンプラグド~アコースティック・クラプトン」。MTVが企画した番組でのライブ。アコースティック・ギターで演奏される。「ティアーズ・イン・ヘヴン」「いとしのレイラ」「ノーバディ・ノウズ・ユー」「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」等を収録。ブルースのカバーはひたすら情感を込める。
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FROM THE CRADLE
1994年。全曲がブルースのカバー。ギターもボーカルも本格的にブルースを模し、アフリカ系歌手のように力強く声を張り上げるところも多い。ギターもこれでもかというくらいためがある。マディ・ウォーターズの「フーチー・クーチー・マン」のカバー収録。
 
LIVE AT FILLMORE/DEREK AND THE DOMINOS
1994年。デレク&ザ・ドミノスのライブ。1970年録音。デュアン・オールマンはいないので、ギターはエリック・クラプトン1人。2枚組で13曲。このうち8曲は「イン・コンサート」と「エリック・クラプトン・アンソロジー」で発表されている曲。5曲は未発表だった曲。
 
 
RETAIL THERAPY
1997年。ファッションショーのBGMに4曲追加。
TEARS IN HEAVEN
1997年。シングル盤。タイトル曲は93年にグラミー賞を獲得している。この時期にシングル盤として出たのは、ダイアナ妃トリビュート盤に収録されたため。「バッド・ラヴ」とクリームの「ホワイト・ルーム」はライブ。
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PILGRIM
1998年。「ジャーニーマン」以来9年も間隔が開いたオリジナル曲のスタジオ盤。ほとんどの曲がエリック・クラプトン作曲で、ブルースのカバーが1曲、ボブ・ディランのカバーが1曲。ドラムは打ち込みなので、ギターもキーボードも濁りの少ないはっきりした音が使われる。ハードな曲もほとんどないので、エリック・クラプトンの表現力がそのまま聞ける。ドラムは必ずしも打ち込みである必要はなかったか。
 
 
BEST OF
1999年。ベスト盤。
 
(I) GET LOST
2000年。シングル盤。映画「ストーリー・オブ・ラブ」の主題歌。オリジナル・バージョンはアコースティック・ギターとドラム・マシーンで演奏される。サウンドトラック・バージョンはアコースティック・ギターとパーカッションによる演奏。
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RIDING WITH THE KING/B.B. KING&ERIC CLAPTON
2000年。B.B.キングと共演。ボーカルとギターは両者が演奏しているが、ボーカルはB.B.キングの方が多い。全曲がブルースで、エリック・クラプトンの曲はない。アイザック・ヘイズ作曲の「ホールド・オン・アイム・カミング」はサム&デイブのカバー。ボーカルとギターの両方でかけ合いをやっている。ボーカルはさすがにB.B.キングの存在感が圧倒し、エリック・クラプトンは小さく見える。
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REPTILE
2001年。エリック・クラプトンの自作曲と他人のカバーが半数。「ライディング・ウィズ・ザ・キング」に続きサウンドは古風で、キーボードはピアノとオルガンが中心。「ドント・レット・ミー・ビー・ロンリー・トゥナイト」はジェイムズ・テイラー、「アイ・エイント・ゴナ・スタンド・フォー・イット」はスティービー・ワンダー、「カム・バック・ベイビー」「アイ・ウォント・ア・リトル・ガール」はレイ・チャールズのカバー。
 
ONE MORE CAR ONE MORE RIDER
2002年。ライブ盤。2枚組で、ライブの最初から最後まで録音されているという。80年代の曲と、「アイ・ショット・ザ・シェリフ」をはじめとするレゲエは演奏されていないので、宣伝文句にあるような「ベスト・ライヴ」とは言えない。しかし、「いとしのレイラ」「ティアーズ・イン・ヘヴン」「ベル・ボトム・ブルース」「コカイン」「チェンジ・ザ・ワールド」のほか「サンシャイン・ラヴ」や「バッジ」も入っており、ソロ時代の曲ばかりではないのはすばらしい選曲だ。ジミ・ヘンドリクスの「リトル・ウィング」は入っていないがマディ・ウォーターズの「フーチー・クーチー・マン」は入っている。
 
 
BALLADS
2003年。バラード集。
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ME AND MR. JOHNSON
2004年。1930年代のブルースギター奏者、ロバート・ジョンソンのカバー集。原曲が短いのでカバーも短く、14曲で平均3分半。ロバート・ジョンソンは生涯の録音が29曲なので、過去にカバーした曲を含めると半分以上をカバーしていることになる。
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SESSIONS FOR ROBERT J.
2005年。ロバート・ジョンソンカバー集の続編。「ミー&Mr.ジョンソン」と同じ曲もある。
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BACK HOME
2005年。ブルースへの傾倒が続いていたアルバムが終わり、「ジャーニーマン」以来久しぶりに明るめの曲がそろっている。カバー曲はあるが、ブルースがないというのが大きな特徴で、90年代以降ではサウンド上最も変化の大きいアルバムではないか。ドラムは打ち込みではなく、人間的な暖かみがある。ポップスとして出来はすばらしい。「レヴォリューション」はレゲエ。「アイム・ゴーイング・レフト」はスティービー・ワンダー夫人のシリータ・ライト、「ラヴ・ドント・ラヴ・ノーバディ」はスピナーズ、「愛はすべての人に」はジョージ・ハリソンのカバー。

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