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DEEP PURPLE

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SHADES OF DEEP PURPLE
1968年。邦題は当初「紫の世界」、その後「ハッシュ」。キーボードを含む5人編成。オルガン主導のハードロック。ジミ・ヘンドリクスが押し広げたロックの領域の延長線上にある。当時の最もハードな部類に入るロックのうち、オルガンを大きく導入したサウンドがこのバンド。イギリスでは当初発売されなかった。全米24位。ジョー・サウスのカバーの「ハッシュ」は全米4位。「ヘルプ」はビートルズ、「アイム・ソー・グラッド」はクリームのカバー。
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THE BOOK OF TALIESYN
1968年。邦題は当初「ディープ・パープルの華麗なる世界」、その後「詩人タリエシンの世界」。アルバムタイトルは、一般に「タリエジンの書」と呼ばれるケルト文化の重要史料から来ている。全米54位。またカバーでヒットを出し、ニール・ダイアモンドの「ケンタッキー・ウーマン」が38位、アイク&ティナ・ターナーの「リバー・ディープ・マウンテン・ハイ」が53位。前作と同じように4曲目で独自のイントロをAとし、Bでカバーをつなげている。
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DEEP PURPLE
1969年。邦題「素晴らしきアート・ロックの世界」、その後「III」。ドノヴァンのカバー「ラレーニア」以外をすべて自作曲にしたが、76年の解散前までで最もチャート成績の低いアルバムとなった。オルガンのジョン・ロードが主導権を握っているように聞こえるが、アメリカでアートロックと呼ばれる音楽が流行した時期は過ぎており、やや時代遅れのサウンドだった。「4月の協奏曲」は3部構成で、ジョン・ロードの名曲。全米162位。ジャケットはヒエロニムス・ボッシュの作品の一部。
 
THE ROYAL PHILHARMONIC ORCHESTRA CONDUCTED BY MALCOLM ARNOLD
1969年。オーケストラとの共演。ベースがロジャー・グローヴァー、ボーカルがイアン・ギランに交代。3楽章の協奏曲形式で、形態は複数楽器とオーケストラによるコンチェルト・グロッソ。複数楽器とはバンドのことだ。オーケストラ部分の作曲もジョン・ロードだが、お世辞にもいい曲とは呼べず、ロックバンドとオーケストラが共演したという点のみが評価の対象になっている。クラシックとロックの共演に関しては、少なくともアメリカではプロコル・ハルムが代表となってしまった。第三楽章でドラムソロ。新ボーカルのイアン・ギランはほとんど出てこない。全米149位、全英26位。
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DEEP PURPLE IN ROCK
1970年。イアン・ギランとギターのリッチー・ブラックモアが前面に出て強力なハードロックになった。全員が実力を発揮。オープニングの「スピード・キング」でイメージを決定した。イッツ・ア・ビューティフル・デイの「ボンベイ・コーリング」を借用した「チャイルド・イン・タイム」収録。アルバムはイギリスでは4位だがアメリカではヒットしなかった。全米143位、全英4位。この年デビューしたブラック・サバスは全米23位、全英4位で、アメリカでの注目度は圧倒的にブラック・サバスの方が高かった。
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FIREBALL
1971年。全英で初の1位。前作よりはイアン・ギランが落ち着いている。鬼気迫るというほどではない。「ストレンジ・ウーマン」収録。全米32位、全英1位。
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MACHINE HEAD
1972年。英米でヒット。代表作。「スモーク・オン・ザ・ウォーター」は洋楽を聞く人なら大概知っている有名曲。「ハイウェイ・スター」「ピクチャーズ・オブ・ホーム」「レイジー」「スペース・トラッキン」収録。全米7位、全英1位。「スモーク・オン・ザ・ウォーター」は4位。ハードロックでは名盤とされるが、インパクトや曲の質の点でいえばレッド・ツェッペリンにはるか及ばず。米チャート順位でブラック・サバスを上回ったのもこのアルバムと「バーン」の2枚だけ。
 
LIVE IN JAPAN
1972年。洋楽ロックのライブ盤の中ではチープ・トリックの「at武道館」やピーター・フランプトンの「フランプトン・カムズ・アライヴ」とともに有名。7曲のうち4曲は大阪、3曲が日本武道館。全米での6位は最高チャート記録。全英16位。
 
 
(PURPLE PASSAGES)
1972年。邦題「紫の軌跡」。ベスト盤。全米57位。
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WHO DO WE THINK WE ARE!
1973年。邦題「紫の肖像」。オープニングの「ウーマン・フロム・トーキョー」だけが有名で、「ファイアボール」と同じく、「マシン・ヘッド」や「イン・ロック」に比べ印象が薄い。全米15位、全英4位。「ウーマン・フロム・トーキョー」は60位。
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BURN
1974年。邦題「紫の炎」。ボーカルとベースが交代し、ボーカルにデイヴィッド・カヴァーデイル、ベースにグレン・ヒューズが加入。グレン・ヒューズはボーカルも担当。アルバムタイトル曲ではダブル・ボーカルとなっている。イアン・ギランとはタイプが違うが、両方とも申し分のない実力。最後の「"A"200」はジョン・ロードがシンセサイザーを使用したインスト曲。「ミストリーテッド」収録。全米9位、全英3位。
9
STORMBRINGER
1974年。邦題「嵐の使者」。イアン・ギランのころのようなハードでクラシック風の趣は薄くなり、どちらかと言えばソウルに近い。グレン・ヒューズのうまさを堪能するにはこのアルバムがよい。「嵐の女」収録。曲も4分台中心でコンパクト。「幸運な兵士」収録。全米20位、全英6位。
 
 
24CARAT PURPLE
1975年。ベスト盤。シングルのみ発売の「ブラック・ナイト」はここで初めて収録。全英14位。
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COME TASTE THE BAND
1975年。リッチー・ブラックモアが抜け、トミー・ボーリンが加入。ボーカルが3人になった。かなりの名盤で、少なくとも「ファイアボール」や「紫の肖像」ははるかに凌駕し、「紫の炎」並みのクオリティーがある。「ゲッティン・タイター」「ユー・キープ・オン・ムービング」は名曲。トミー・ボーリンは9曲のうち7曲で作曲に関わっている。「アイ・ニード・ラブ」はファンクロック。全米43位、全英19位。
 
 
MADE IN EUROPE
1976年。デイヴィッド・カヴァーデイル、グレン・ヒューズ在籍時のライブ。「紫の炎」「ミストリーテッド」「嵐の女」「嵐の使者」など。全米148位、全英12位。
 
 
LAST CONCERT IN JAPAN
1976年。邦題「紫の燃焼」。トミー・ボーリン在籍時のライブ。
 
 
POWER HOUSE
1977年。イアン・ギラン在籍時の未発表曲集。ライブ3曲。
 
THE SINGLES A'S&B'S
1978年。デビューから解散までのシングルを収録した企画盤。すべてシングル・バージョン。「スピード・キング」のキーボードはオルガンではなくピアノ。
 
 
WHEN WE ROCK,WE ROCK AND WHEN WE ROLL,WE ROLL
1978年。初代ボーカルのロッド・エヴァンス、イアン・ギラン在籍時のベスト盤。
 
 
THE MARK2 PURPLE SINGLES
1979年。イアン・ギラン在籍時のシングル集。全英24位。
 
 
DEEPEST PURPLE
1980年。イアン・ギラン加入からリッチー・ブラックモア脱退前までのベスト盤。全米148位、全英1位。
 
 
IN CONCERT
1980年。70年と72年のライブ。全英30位。
 
 
NEW,LIVE AND RARE
1980年。貴重音源集。「チャイルド・イン・タイム」はレコーディング前のライブ初演。
 
 
LIVE IN LONDON
1982年。デイヴィッド・カヴァーデイル、グレン・ヒューズ在籍時のライブ。全英23位。
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PERFECT STRANGERS
1984年。イアン・ギラン、リッチー・ブラックモアを含む編成で再結成。話題性で全米17位。スタジオ盤では「マシン・ヘッド」以来のミリオン・セラー。緊張感は当時に及ばないが曲は十分質を保っている。「ノッキング・アット・ユア・バック・ドアー」収録。全英5位。
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THE HOUSE OF BLUE LIGHT
1987年。出来は前作並みかそれ以上。オープニングとエンディングは力作を配している。全米34位、全英10位。
 
BAD ATTITUDE
1987年。コンパクトディスク・ビデオという珍しい形式で発売されたシングル。
 
NOBODY'S PERFECT
1988年。再結成後のライブ。「ストレンジ・ウーマン」の途中でミュージカルの「ジーザス・クライスト・スーパースター」が入る。「ノッキング・アット・ユア・バック・ドアー」のイントロでベートーベンの「エリーゼのために」を使用。3分超のキーボードソロ。「ハッシュ」の新録音を含む。アナログ盤には「バッド・アティテュード」「スペース・トラッキン」を収録。全米105位、全英38位。
 
 
SCANDINAVIAN NIGHTS
1988年。邦題「紫の衝撃」。70年のライブ。
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SLAVES AND MASTERS
1990年。ボーカルがレインボーのジョー・リン・ターナーに交代。このアルバムから長期の低迷期に入る。80年代のレインボーが陥った道をそのままディープ・パープルでも再現する。ほとんどの曲はリッチー・ブラックモアをはじめとする5人が演奏しているだけで、その曲を先の5人がやらなければならない必然性がなく、個性が弱い。ディープ・パープルと名乗る必要のないロックをやっている。「ザ・カット・ランズ・ディープ」「ラブ・コンクァーズ・オール」収録。全米87位、全英45位。
 
 
KNEBWORTH '85 IN THE ABSENCE OF PINK
1991年。再結成直後の85年のライブ。
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THE BATTLE RAGES ON...
1993年。邦題「紫の聖戦」。イアン・ギランが復帰。ハードロックよりもロックン・ロール寄り。時代の潮流はグランジ・ロック、オルタナティブ・ロック、ミクスチャー・ロックであり、かなり厳しい内容だ。全米192位、全英21位。
 
 
GREAT NEW SINGLES A'S&B'S
1993年。「シングルズAズ&Bズ」のCD化。
 
 
PURPLE CHRONICLE THE BEST SELECTION OF 25TH ANNIVERSARY
1993年。邦題「紫の匣」。3枚組ボックス。
 
 
COME HELL OR HIGH WATER
1994年。邦題「紫の閃光」。ライブ盤。再結成後、リッチー・ブラックモア在籍時。
 
 
ON THE WINGS OF A RUSSIAN FOXBAT LIVE IN CALIFORNIA LONG BEACH ARENA 1976
1995年。邦題「紫の神技」。トミー・ボーリン在籍時のライブ。
 
 
GEMINI SUITE LIVE
1995年。邦題「紫の交響詩」。70年にライト・ミュージック・オーケストラと共演したときのライブ。「ジェミニ組曲」のみ収録。
 
 
THE BEST OF RARE COLLECTION
1995年。
 
 
PROGRESSION
1995年。
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PURPENDICULAR
1996年。邦題「紫の証」。リッチー・ブラックモアが抜け、ディキシー・ドレッグス、カンサスのスティーブ・モーズが加入。明らかに違うアーティストが演奏していると分かるほどの個性。「ヘイ・シスコ」はディキシー・ドレッグスそのまま。サウンド自体は新鮮味があるが、今までと比べると緊張感は希薄。メンバー交代はいい方に転がっている。アメリカではチャートに入らず。全英58位。
 
 
LIVE AT THE CALIFORNIA JAM
1996年。邦題「紫の強襲」。
 
 
DEEP PURPLE MARK3 THE FINAL CONCERTS
1996年。邦題「紫の昇華」。75年のライブ。邦題がついているライブ盤、ベスト盤はすべて日本盤が出たということだ。年に何枚も日本盤を出せるほど過去の威光があるということでもある。
 
 
LIVE AT THE OLYMPIA '96
1997年。邦題「紫神転生」。スティーブ・モーズ在籍時のライブ。
 
 
PURPLEXED
1998年。邦題「紫の聖典」。「スレイブス・アンド・マスターズ」から「紫の証」までの、ディープ・パープルの「ワースト・アルバム群」(オール・ミュージック・ガイドのレビュー)からのベスト。
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ABANDON
1998年。ジョン・ロードがオルガンを弾く割合は増えた。リッチー・ブラックモアがいなくなってから、スピーディーなハードロックは望めなくなっている。ハードロックから普通のロックになり、その、普通のロックの中でも刺激の少ないサウンドになった。英米両方でチャートに入らなくなった。
 
 
WITH THE LONDON SYMPHONY ORCHESTRA
1999年。オーケストラと共演したアルバム。前回はロイヤル・フィルという、ロンドンでも最下等のオーケストラと共演し、安かろう悪かろうという目で見られることもあったが、今回はロンドン交響楽団というまっとうなオーケストラとやっている。
 
 
FRIENDS&RELATIVES
1999年。ディープ・パープルに在籍したことがあるアーティストによるディープ・パープル以外の演奏を集めた企画盤。ロニー・ジェイムス・ディオ時代のブラック・サバスの曲もある。
 
 
DAYS MAY COME AND DAY MAY GO:THE 1975 CALIFORNIA REHEARSALS
2000年。トミー・ボーリンが「カム・テイスト・ザ・バンド」を発表する前に演奏した音源。オールマン・ブラザーズ・バンドの「ステイツボロ・ブルース」、ソニー&シェールの「アイ・ガット・ユー・ベイブ」をカバー。
 
 
THIS TIME AROUND LIVE IN TOKYO ’75
2001年。トミー・ボーリン在籍時のライブ。
 
 
LISTEN LEARN READ ON
2002年。6枚組ボックス。ディープ・パープル結成前、加入前から76年の解散までの74曲収録。
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BANANAS
2003年。キーボードのジョン・ロードが抜け、ドン・エイリーが加入。ジョン・ロードと同じく、オルガンを中心に演奏している。多くの曲がメンバー全員による作曲で、ジョン・ロードも2曲にかかわっていることになっている。ブックレットの作曲者表記が一致しないところがある。曲によって聞かせどころを明確にしたのか、ギター、オルガン、曲がうまくかみ合っている。「ホーンテッド」はいい曲だ。
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RAPTURE OF THE DEEP
2005年。すべての曲をメンバー5人で共作し、演奏もゲスト参加がいない。リラックスしたオーソドックスなハードロックが聞けるが、前作と比べるとややスリルが小さい。曲によっては無理にキーボードを入れなくてもいいのではないかと思われる。バンドの知名度からすると、ある程度斬新なことをしても許されるだろう。

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